柳条湖事件とは?なぜ?きっかけは?原因は?

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昭和時代初期
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第2次若槻礼次郎が成立し、外務大臣は幣原喜重郎に再度戻ります。
ちなみに内務大臣は安達謙蔵です。
関東軍参謀は遅くて進まない日中交渉や幣原外交の「軟弱外交」にいらだち
満蒙の危機を打開するために圧倒的な軍事力で満州を制圧しようとする気運が高まっていました。

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柳条湖事件

柳条湖事件の内容

1931年、中華大陸では関東軍によって、奉天郊外の柳条湖において南満州鉄道の線路を爆破する自作自演事件を起こしました。

張作霖爆殺事件とのちがい

張作霖爆殺事件
...

 

柳条湖事件の首謀者

柳条湖事件は関東軍参謀の板垣征四郎石原莞爾でした。
特に石原莞爾は将来アメリカと日本は世界最終戦論と称した世界最終戦争をすると予測してそれに備えて、満州を早期に占領しようと構想していたものです。

満蒙領有-日本の生命線-

板垣征四郎と石原莞爾は満蒙領有を計画していました。

松岡洋右も「日本の生命線」として唱えていました。

地域としての「満州」

満州は中国の東北地方のことです。
当時の東三省すなわち

  • 黒竜江省
  • 奉天省
  • 吉林省

の一帯です。

 

地域としての「内蒙古」

内蒙古は現在で言う内モンゴルの一帯で、
当時としては、

  • 熱河省
  • チャハル省
  • 綏遠省

一帯のことです。

柳条湖事件のその後

柳条湖事件は軟弱外交の民政党内閣であった若槻礼次郎内閣は不拡大方針をうちだしますが、当然のことながら指導力も統率力もなく、関東軍や陸軍を抑えることができませんでした。やがて関東軍は約半年で満州全土をほぼ征服し、満州国を勝手に作ってしまいます。

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