昭和時代初期君側の奸と呼ばれた天皇側近――西園寺公望・牧野伸顕・鈴木貫太郎、昭和初期政局の光と影 はじめに:昭和初期、「君側の奸」とは誰だったのか君側の奸とは、もともと中国の古典に端を発し、「天子の側近で権勢をふるい、悪政へ導く奸臣」を意味する言葉です。しかし昭和初期の日本史においては、張作霖爆殺事件(1928年(昭和3年・戊辰))、田... 2026.10.26昭和時代初期
戦後の昭和時代冷戦の雪解けと鳩山一郎内閣の自主外交 ―日ソ共同宣言・領土問題から55年体制まで― 鳩山一郎内閣(1954-1956年)に政権を担当していました。1. 冷戦の雪解けとアジア・アフリカ会議(バンドン会議)米ソ冷戦の緩和(雪解け) 1955年、米・英・仏・ソの首脳によるジュネーヴ四巨頭会議が開催され、ヨーロッパの安全保障や軍縮... 2026.10.06戦後の昭和時代経済復興から高度成長へ
明治時代初期日清の撤兵と事前通告の義務!天津条約の要点と1889年防穀令の歴史 1. 漢城条約と天津条約(1885年)1884年の甲申事変で日本公使館が焼き討ちされた事件の責任をめぐり、1885年1月に漢城条約が結ばれ、朝鮮側が日本に謝罪と賠償を行いました。さらに同年4月には、日本の全権特使である伊藤博文と、清の北洋大... 2026.10.01明治時代初期
明治時代初期親日だった閔妃が「親清派」に!甲申事変の真実三日天下のクーデター!金玉均と独立党が夢見た朝鮮近代化の結末 1. 閔妃の政策転換:親日から親清へ最高権力者である高宗の妃である閔妃(びんぴ)は、初めは政治的ライバルである大院君(保守派)に対抗するため、日本などの力を借りて急速な近代化や開国を進める開化派(親日派)寄りのスタンスをとっていました。 し... 2026.09.22明治時代初期
明治時代初期「親中派 vs 親日派」の泥沼劇!壬午軍乱と済物浦条約がまねいた朝鮮危機の歴史 1880年代の朝鮮半島は、欧米列強や日本、そして従来の宗主国である清国の思惑が渦巻く中、国内の政治勢力が「守旧派(親清派)」と「開化派(親日派)」に真っ二つに分かれて激しい権力闘争を繰り広げた激動の時代でした。今回は、当時の対立構造の軸とな... 2026.09.22明治時代初期
戦国時代徳川家康の天下取りを支えた経済基盤:甲斐「守随秤」の5カ国採用と計量統制の野望 天正12年(1584年)、羽柴秀吉と徳川家康が激突した「小牧・長久手の戦い」。この天下分け目の合戦の裏で、家康は単なる軍事衝突にとどまらず、支配領域における極めて高度な経済・行政改革を断行していました。その中核を担ったのが、甲斐の伝説的な計... 2026.09.14戦国時代
昭和時代初期なぜ「海軍の粛清」は起きた?北一輝が授けた”魔法の杖”と昭和史の転換点 はじめに:条約の先に待っていた「理不尽」ロンドン海軍軍縮条約をめぐり、日本中を揺るがした「統帥権干犯問題」。政府と海軍、そして海軍内部における「条約派」と「艦隊派」による大喧嘩は、浜口雄幸内閣による条約批准という形でいったんの終結を見たよう... 2026.10.26昭和時代初期
戦国時代織田信孝の自害と凄絶な辞世の句:秀吉に抗い続けた信長三男の悲劇 天正10年(1582年)の「本能寺の変」以降、織田家臣・豊臣秀吉(当時47歳)の台頭に最後まで抗い続けた貴公子がいました。織田信長の三男であり、伊勢神戸氏を継いで神戸信孝とも名乗った織田信孝(当時26歳)です。柴田勝家とともに反秀吉の立場を... 2026.08.30戦国時代
戦国時代北ノ庄城の落城と柴田勝家の最期:賤ケ岳の戦いがもたらした天下の行方 織田信長の死後、後継者の座を巡って勃発した激闘「賤ケ岳の戦い」。この戦いに敗れた織田家の重臣・柴田勝家(当時62歳)は、本拠地である北ノ庄城(現在の福井県福井市)へと退却し、壮絶な最期を遂げました。のちに天下人となる豊臣秀吉(当時47歳)と... 2026.08.30戦国時代
豊臣秀吉豪雪の足止めから「美濃大返し」へ!秀吉vs柴田勝家、天下を分けた「賤ヶ岳の戦い」全貌 本能寺の変を経て、織田信長の継承者を巡る激突となった賤ヶ岳の戦い。羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対峙したこの合戦の全貌をわかりやすく整理しました。戦いの背景と両軍の勢力(1582年〜1583年)1582年の清洲会議以降、秀吉と勝家の対立は... 2026.08.22戦国時代豊臣秀吉
弥生時代イザナギの死と遺言~末子スサノオへの不憫の情と筑紫・出雲の奇跡の講和~ 瀬戸内海を東進し、淡路島を拠点として大和や熊野の平定に奔走した天下の英雄・イザナギ。 紀元229年の春頃、ついにその波乱に満ちた生涯を閉じる時が訪れます。彼の死は筑紫(邪馬台国)に大きな激震を走らせましたが、それ以上に歴史を大きく動かしたの... 2026.08.22弥生時代
昭和時代初期統帥権干犯問題とは?ロンドン海軍軍縮条約が軍部の暴走を招いた理由を解説 はじめに:軍縮条約が火をつけた憲政の危機1929年(昭和4年・己巳)10月24日、ニューヨーク株式市場の暴落、すなわち世界的大恐慌が発生し、やがて昭和恐慌として日本の経済にも甚大な影響が広がっていきます。国家財政の逼迫と国際社会の不安定化の... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期西園寺公望はなぜ豹変した?昭和天皇と「君臨すれども統治せず」の原点 はじめに:天皇の激怒が招いた政変1928年の張作霖爆殺事件(満州某重大事件)は、関東軍の暴走というだけでなく、その後の日本の政治を根底から揺るがす重大な転換点となりました。陸軍の責任を曖昧にした田中義一首相の報告に対し、若き昭和天皇は「前言... 2026.10.26昭和時代初期
戦国武将歴史総合.com 特別寄稿:阿蘇の盾・甲斐宗運と領土を襲った令和8年熊本地震 令和8年(2026年)に発生した熊本地震は、上益城地方を中心に甚大な被害をもたらしました。今回被災した御船町、益城町、嘉島町、甲佐町といった地域は、かつて阿蘇大宮司家に仕え、「阿蘇の鉄壁」と称された阿蘇甲斐氏が守護した領土そのものでもありま... 2026.08.06戦国武将
昭和時代初期張作霖爆殺事件の結末|昭和天皇の激怒と田中義一内閣の総辞職 1928年に発生した張作霖爆殺事件(満州某重大事件)は、近代日本史の中でも特に重大な転機とされます。この事件は、「満州某重大事件」の名で当時の新聞を賑わせましたが、調査が進むにつれ、首謀者は関東軍の参謀・河本大作大佐であった可能性が高いとす... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期張作霖爆殺事件(満州某重大事件)とは?関東軍の暴走と田中内閣崩壊の真相をわかりやすく解説 昭和初期――日本史の中で、後の戦争へと続く激動の時代が幕を開けます。当時の新聞は、中国大陸で突如発生した事件を「満州某重大事件」という謎めいた語で報じました。その陰には、陸軍内部の暴走、暗殺、政界をも揺るがす隠蔽劇という、サスペンスドラマさ... 2026.10.26昭和時代初期
帝都東京時代大日本帝国時代の通貨制度:金本位制から管理通貨制への変遷 江戸時代の「三貨制度」を経て、近代国家へと歩み出した日本。大日本帝国時代(明治・大正・昭和初期)の通貨制度は、「金の保有量に縛られる金本位制」と、「政府・中央銀行が柔軟に発行量を調整する管理通貨制」の狭間で、国際情勢や景気変動に大きく翻弄さ... 2026.08.03帝都東京時代
南北朝時代武士から炭鉱王、そして首相へ――北九州を拠点に激動の時代を生き抜いた麻生家 筑前麻生家は、現代では内閣総理大臣の麻生太郎氏を輩出した名門として知られていますが、その歴史は鎌倉時代から約800年続く非常に息の長い家系です。歴史に詳しくない方でも分かるよう、その歩みを大きく4つの時代に分けて解説します。起源:栃木から九... 2026.07.30南北朝時代戦国時代東京時代鎌倉時代
豊臣秀吉熊本・宇土に刻まれた激動の歴史 ―― 宇土氏と名和一族の物語 みなさんは、熊本県宇土市にある宇土城跡(西岡台)を訪れたことはありますか? 実はそこには、教科書にも登場する有名な武将や、天皇を守るために戦った一族の熱いドラマが隠されています。今回は、中世から戦国時代にかけて宇土を支配した「宇土氏」と、鳥... 2026.07.29南北朝時代豊臣秀吉鎌倉時代
平安時代後期肥後の名族「菊池一族」とその庶家の群像 みなさんは、昔の熊本県(肥後国:ひごのくに)に、とっても強くて有名な**「菊池一族」**という武士たちがいたのを知っていますか? 彼らは、今から約950年も前の平安時代から明治時代まで、ずっと名前を残しつづけたすごい家族なんです。 どんな歴... 2026.07.29南北朝時代平安時代後期