出雲に派遣された新羅の技術指導者「保食神(うけもちのかみ)」を、邪馬台国のナンバー2である月読尊(ツクヨミノミコト)が独断で斬り殺してしまった暗殺事件。 この凶行は、平和的解決を望んでいた女王・卑弥呼(アマテラスオオカミ)の逆鱗に触れ、邪馬台国の中枢に決定的な亀裂を生むことになります。
この記事では、姉弟の決裂の顛末と、事態収拾のために出雲へ派遣されたアマテラスオオカミの内縁の夫「天熊人(あまのくまひと)」の活躍、そして彼が持ち帰った新技術による邪馬台国の大発展について詳しく解説します。
姉弟の決裂と月読尊の伊都国帰還
出雲から逃げ帰った月読尊は、高天原(首都)の宮殿で姉のアマテラスオオカミに事件を報告しました。「あのままでは出雲は完全に新羅の領土になってしまうため、殺すしかなかった」と弁明する月読尊でしたが、アマテラスオオカミの怒りは凄まじいものでした。
彼女は月読尊を「汝はこれ悪しき神である。二度と顔は見たくない」と激しく罵倒し、姉弟の仲は完全に決裂してしまいます。『日本書紀』において「太陽と月が昼と夜に分かれて現れるようになった」と神話的に描かれているのは、この決定的な仲違いくが原因でした。 月読尊は伊都国へと戻り、引き続き一大率の長官として海上防衛の任務に専念することになります。
天熊人の出雲派遣とイザナミの歓待
月読尊を遠ざけたアマテラスオオカミは、出雲の女王であり実母であるイザナミに連絡を取り、月読尊の凶行を深く謝罪しました。その上で、彼女は自らの最も信頼する側近であり、内縁の夫でもある**「天熊人(あまのくまひと)」**を弔問使として出雲へ派遣します。
ちなみに、天熊人の弟は「猿田彦(さるたひこ:別名・年折)」という長身の美男子でした。兄弟は豊後国の日田(日高見国)を領地として与えられており、標高164メートルの「いそ山」に巨大な朝鮮式山城を築いて周辺の平定に活躍していた武将でもありました。
出雲に到着した天熊人は、出雲の人々から敵意の目で見られますが、女王イザナミだけは彼を優遇しました。イザナミは、天熊人がアマテラスオオカミの愛人であることを熟知しており、彼と話すうちに、彼らが出雲への同情や平和的な講和を望んでいる本心を見抜いたのです。
最新技術の伝授と天熊人の帰還
イザナミは周囲の反対を押し切って天熊人を丁重にもてなし、彼が筑紫へ帰る際にとてつもない「手土産」を渡しました。 それは、暗殺された保食神が出雲にもたらしていた農業・漁業の最新技術でした。
数ヶ月をかけて、天熊人は以下の技術を徹底的に伝授されます。
- 牛馬の飼育と使役方法
- 稲の新品種や、麦・粟・稗・大豆・小豆の新式栽培法
- 桑の栽培と養蚕、絹織物の織り方など
大喜びでこれらの技術を習得した天熊人は、高天原へ帰還し、アマテラスオオカミにすべてを報告しました。アマテラスオオカミは「これらは我が国の将来を背負う者たちが学んで成長する過程になる」と大いに喜んだと『日本書紀』に記されています。
「村肝」の設置と一大農業改革
天熊人の報告を受けたアマテラスオオカミは、すぐさま国を挙げた一大農業改革に着手します。各村々に**「村肝(むらぎも:農業の長)」**という役職を新たに置き、出雲から持ち帰った稲の新品種を国中の水田に植えさせました。
その年の秋、邪馬台国は空前の大豊作に恵まれます。成長した稲穂は「豊かにしなだ(豊かにしなだれている)」と称賛され、アマテラスオオカミは「はなはだ心よし(大変気分が良い)」と大層喜んだと伝わっています。
最高級の「和絹」の誕生
また、この年には「戸外の道」すなわち養蚕の技術も本格的に導入されました。北部九州では紀元前3世紀頃からすでに絹織物が作られていましたが、この最新技術の導入により、これまで以上に上等で美しい**「和絹(日本製の絹織物)」**が生産されるようになったと考えられます。
外交的な危機を乗り越え、天熊人が持ち帰った新技術によって、邪馬台国は農業・産業の面でさらなる飛躍と繁栄の時代を迎えることになったのです。




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