弥生時代奈良・纒向遺跡出土の桃の種、年代測定 邪馬台国論争に一石 奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で見つかった大量の桃の種の年代を測定した結果、女王・卑弥呼の時代と重なることがわかりましたまぁ、個人的には、桃の種はあくまでも状況証拠で、決定的証拠とは言えないと思います。畿内に中国と国交があったクニがあっ... 2020.05.30弥生時代
飛鳥時代天武天皇の時代 天武天皇の時代(673年~686年)皇親政治大海人皇子(おおあまのみこ)は672年に飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらぐう)に遷都し、天武天皇(てんむてんのう)となる。大臣をおかず、皇后(天智天皇皇女の鸕野皇女(うのー)⇒持統天皇(じとうてんの... 2020.04.10飛鳥時代
古墳時代大陸文化の受容と信仰 渡来人による新技術伝来古墳時代の中期には朝鮮半島からの渡来人によって、ユーラシア大陸大陸から鉄器の生産須恵器の生産機織り土木技術などの種々の技術がもたらされました。詳しくは、を参考に百済から宗教等の伝来儒教6世紀には百済から渡来した五経博士... 2022.09.25古墳時代
古墳時代古墳の形状と古墳の変遷 古墳とは、身分が高い首長たちの墓。古墳時代は3世紀から8世紀始めまでであり、一般に前期中期後期で分けられる。(3世紀後半を出現期、7世紀~を終末期と呼ぶ場合もある。終末期は飛鳥時代・奈良時代と重なる)古墳は墓式で言えば、高塚(たかつか)式墳... 2020.05.24古墳時代
古墳時代5世紀の日本と宋書倭国伝と倭の五王-讃・珍・済・興・武- 5世紀の日中関係『宋書』倭国伝 (そうじょ/わこくでん)宋書そうじょ・倭国伝わこくでんとは、5世紀の日本のことが書かれてある中国の歴史書。宋書を編纂したのは、沈約しんやくです。倭の五王倭の五王とは、讃珍済興武の5人の王のこと。次々と中国へと... 2022.09.25古墳時代
弥生時代邪馬台国連合 3世紀の日中関係晋の陳寿が編纂した「三国志」『魏書』東夷伝倭人条(とういでんわじんのじょう)(魏志倭人伝)によると、約30の小国の連合体が倭に存在し、中国に朝貢を行っていた。ちなみに三国とは魏呉蜀のことである。邪馬台国倭で約30カ国の盟主と... 2023.07.17弥生時代
弥生時代弥生時代の小国の分立~ムラからクニへ~ クニ強力な集落は周辺の集落を武力制圧し、次第にクニと呼ばれる政治的まとまりに発展。集落環濠集落まわりに濠や土塁を張り巡らせた、防御用施設をもつ集落。どうやら地域間で争いがあったようだ。韓国でも環濠集落が見つかっている。九州から関東地方に分布... 2014.11.30弥生時代
弥生時代弥生人の墓 墓制支石墓九州北部や朝鮮半島で見られる墓。大きな平石を何個かの石で支えたものの下の土に埋葬した。小さな数個の支石の上に標石を乗せる形をしている。副葬品はあまりなかった。 甕棺墓(かめかんぼ)九州北部で見られる土器で作られた墓。甕棺(かめかん... 2014.11.29弥生時代
弥生時代米から見た弥生人の生活 今回は弥生人の生活について、田圃を中心に見ていきたいと思います。田直播(じかまき)・・・手で投げて播く田植えの方法。書くところがここぐらいしかなかったので、ここに書いた。田の種類湿田弥生時代初期の水田耕作で低湿地を利用して行った田。湿田は排... 2020.05.23弥生時代
弥生時代弥生文化の成立 弥生文化の成立弥生文化とは紀元前4世紀の初め頃に西日本で成立し、その後、北海道と南西諸島をのぞいた地域に起こった文化。稲作の開始と金属器(青銅器・鉄器)の使用が大きな特徴で前期(紀元前5世紀~紀元前2世紀)中期(紀元前2~紀元後1世紀)後期... 2020.04.10弥生時代
古代中国文明殷 邑(ゆう)中国の集落や都市。黒陶文化の後期から出来た。都市国家の1種。氏族共同体的なまとまりだったが、城壁が作られ、城郭都市へと発展。やがて強力な優雅弱小の邑を従えて、支配服属の下、王朝が成立。伝説の時代と殷三皇五帝(燧人すいじん・伏義ふっ... 2022.02.17古代中国文明
古代中国文明中国文明の誕生 黄河文明前5000から前4000年黄河文明は黄河の中・下流域の肥沃な黄土地帯を利用して、農耕を始め、磨製石器や彩文土器などを用いる新石器文明を形成。中国文明は彩文土器(彩陶)を特色とする前記の彩陶文化の時代(前4000~前3000)と黒陶を... 2020.05.23古代中国文明
古代インド・東南アジア火山と神々の島:古代ジャワ王国の興亡史 インドネシアの政治・経済の中心地であるジャワ島。この島は古くから肥沃な大地を背景に、スンダ人とジャワ人という異なる民族が共生し、インド文化の影響を強く受けた独自の王朝文化を花開かせてきました。1. ジャワ島の地理的特徴ジャワ島は大きく3つの... 2026.04.15古代インド・東南アジア
古代インド・東南アジア海上の覇者:シュリーヴィジャヤ王国と港市国家の興亡 7世紀から13世紀にかけて、マラッカ海峡を中心に東南アジアの海上交易を支配したシュリーヴィジャヤ王国。その実態は、強大な領土を持つ帝国というよりは、有力な港町がネットワークを形成して成り立つ**「港市国家(こうしこっか)」**の連合体でした... 2026.04.15古代インド・東南アジア
古代インド・東南アジアベトナム北部の古代史-ドンソン文化・南海三郡・大越など- ベトナム先史時代畑作文明に生まれた黄河文明に対して、長江流域の稲作地帯には越人が住んでいた。越人は呉・越・楚などの国を建国し、南下して青銅器〜鉄器文化を北ベトナムに伝えた。青銅の太鼓の銅鼓(どうこ)を代表とするこの文化は遺跡の名をとってドン... 2020.07.25古代インド・東南アジア
古代インド・東南アジア消滅した民族「ピュー人」 1世紀頃、イラワディ川(エーヤワディー川)中流域にはチベット=ミャンマー語族のピュー人(驃人/ひょうじん)(テュルチュルと自称)が都市国家を作っており、南部にはモン人が住んでいた。ピュー人ピュー人はエーヤワディー川周辺のプローム地方を中心に... 2020.07.13古代インド・東南アジア
古代インド・東南アジア古代カンボジア-港市・扶南・真臘・アンコール朝・チャンパー- 港市の成立起源前後からインドの東南アジアなどへの進出が活発になった。理由はカースト制の排除を目指す仏教布教などがある。インド人の海洋進出者は地中海世界の人間が買ってくれる黄金、香料、樹脂などを求めて、東南アジアへやって来た。こうして東南アジ... 2020.07.25古代インド・東南アジア
古代インド・東南アジアインダス文明とは?~特徴と場所と成立から滅亡の原因まで~ インダス文明とは?インダス文明はインダス川流域に前2300~前1700年頃栄えた青銅器時代の都市文明。南インドに先住したドラヴィダ人によって作られたと云われる。最初に見つかった遺跡からハラッパー文明とも呼ばれる。インダス文明の遺跡インダス川... 2014.03.02古代インド・東南アジア
ギリシア世界とヘレニズム世界エーゲ文明(クレタ文明とミケーネ文明)と暗黒時代 エーゲ文明19世紀まで人々はポリスが現れる以前のギリシアは未開の社会であり、ホメロスの叙事詩は空想だと思われていた。ホメロスの「イリアス」を参考に、ドイツの考古学者・シュリーマンがミケーネ文明(トロイア遺跡)を発見し、エヴァンズがクレタ文明... 2020.07.26ギリシア世界とヘレニズム世界
古代オリエント世界エジプト統一王国の形成と展開とエジプトの文化 「エジプトはナイルのたまもの」ギリシアの歴史家ヘロドトスの言葉。ここでは早くからエジプト語系民族の多くの民族が国家統一以前に各地に約42の村落(ギリシア語:ノモス、エジプト語:セペト)が分立。強力な指導者がナイル川の治水、公平な分配、共同作... 2020.05.24古代オリエント世界