昭和時代初期君側の奸と呼ばれた天皇側近――西園寺公望・牧野伸顕・鈴木貫太郎、昭和初期政局の光と影 はじめに:昭和初期、「君側の奸」とは誰だったのか君側の奸とは、もともと中国の古典に端を発し、「天子の側近で権勢をふるい、悪政へ導く奸臣」を意味する言葉です。しかし昭和初期の日本史においては、張作霖爆殺事件(1928年(昭和3年・戊辰))、田... 2026.10.26昭和時代初期
明治時代初期日清の撤兵と事前通告の義務!天津条約の要点と1889年防穀令の歴史 1. 漢城条約と天津条約(1885年)1884年の甲申事変で日本公使館が焼き討ちされた事件の責任をめぐり、1885年1月に漢城条約が結ばれ、朝鮮側が日本に謝罪と賠償を行いました。さらに同年4月には、日本の全権特使である伊藤博文と、清の北洋大... 2026.10.01明治時代初期
明治時代初期親日だった閔妃が「親清派」に!甲申事変の真実三日天下のクーデター!金玉均と独立党が夢見た朝鮮近代化の結末 1. 閔妃の政策転換:親日から親清へ最高権力者である高宗の妃である閔妃(びんぴ)は、初めは政治的ライバルである大院君(保守派)に対抗するため、日本などの力を借りて急速な近代化や開国を進める開化派(親日派)寄りのスタンスをとっていました。 し... 2026.09.22明治時代初期
明治時代初期「親中派 vs 親日派」の泥沼劇!壬午軍乱と済物浦条約がまねいた朝鮮危機の歴史 1880年代の朝鮮半島は、欧米列強や日本、そして従来の宗主国である清国の思惑が渦巻く中、国内の政治勢力が「守旧派(親清派)」と「開化派(親日派)」に真っ二つに分かれて激しい権力闘争を繰り広げた激動の時代でした。今回は、当時の対立構造の軸とな... 2026.09.22明治時代初期
昭和時代初期なぜ「海軍の粛清」は起きた?北一輝が授けた”魔法の杖”と昭和史の転換点 はじめに:条約の先に待っていた「理不尽」ロンドン海軍軍縮条約をめぐり、日本中を揺るがした「統帥権干犯問題」。政府と海軍、そして海軍内部における「条約派」と「艦隊派」による大喧嘩は、浜口雄幸内閣による条約批准という形でいったんの終結を見たよう... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期統帥権干犯問題とは?ロンドン海軍軍縮条約が軍部の暴走を招いた理由を解説 はじめに:軍縮条約が火をつけた憲政の危機1929年(昭和4年・己巳)10月24日、ニューヨーク株式市場の暴落、すなわち世界的大恐慌が発生し、やがて昭和恐慌として日本の経済にも甚大な影響が広がっていきます。国家財政の逼迫と国際社会の不安定化の... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期西園寺公望はなぜ豹変した?昭和天皇と「君臨すれども統治せず」の原点 はじめに:天皇の激怒が招いた政変1928年の張作霖爆殺事件(満州某重大事件)は、関東軍の暴走というだけでなく、その後の日本の政治を根底から揺るがす重大な転換点となりました。陸軍の責任を曖昧にした田中義一首相の報告に対し、若き昭和天皇は「前言... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期張作霖爆殺事件の結末|昭和天皇の激怒と田中義一内閣の総辞職 1928年に発生した張作霖爆殺事件(満州某重大事件)は、近代日本史の中でも特に重大な転機とされます。この事件は、「満州某重大事件」の名で当時の新聞を賑わせましたが、調査が進むにつれ、首謀者は関東軍の参謀・河本大作大佐であった可能性が高いとす... 2026.10.26昭和時代初期
昭和時代初期張作霖爆殺事件(満州某重大事件)とは?関東軍の暴走と田中内閣崩壊の真相をわかりやすく解説 昭和初期――日本史の中で、後の戦争へと続く激動の時代が幕を開けます。当時の新聞は、中国大陸で突如発生した事件を「満州某重大事件」という謎めいた語で報じました。その陰には、陸軍内部の暴走、暗殺、政界をも揺るがす隠蔽劇という、サスペンスドラマさ... 2026.10.26昭和時代初期
帝都東京時代大日本帝国時代の通貨制度:金本位制から管理通貨制への変遷 江戸時代の「三貨制度」を経て、近代国家へと歩み出した日本。大日本帝国時代(明治・大正・昭和初期)の通貨制度は、「金の保有量に縛られる金本位制」と、「政府・中央銀行が柔軟に発行量を調整する管理通貨制」の狭間で、国際情勢や景気変動に大きく翻弄さ... 2026.08.03帝都東京時代
明治時代蝦夷地から北海道へ|近代化の裏にあった「屯田兵」の国防と「アイヌ民族」の苦難の歴史 1. 「蝦夷地」から「北海道」へ:開拓の始まり幕末までの日本の地方行政区分は、古代から続く五畿七道(東海道・南海道・西海道など)がベースになっていました。しかし、北方に位置する蝦夷地(えぞち)は、その枠組みの外にある異境とみなされていました... 2026.06.21明治時代東京時代
明治時代【明治ジャーナリズム史】本木昌造の活字から『平民新聞』の反戦運動まで一挙解説 ジャーナリズムの黎明:活字技術と黎明期の新聞日本の近代ジャーナリズムは、技術革新と外来文化の翻訳から始まりました。本木昌造と鉛製活字: 長崎の通詞であった本木が鉛製活字の量産に成功したことで、大量印刷が可能になりました。バタビア新聞: 幕府... 2026.05.05明治時代
明治時代明治のナショナリズム変遷史:欧化主義vs国粋保存主義の対立から国家主義への転向まで 1. 「表層の欧化」への反発と平民主義明治20年代、鹿鳴館に象徴される貴族的欧化主義(政府主導の「上からの」西洋化)に対し、徳富蘇峰は民友社を結成し、『国民之友』で平民主義を唱えました。平民的欧化主義: 蘇峰が当初目指したのは、単なる外見の... 2026.05.05明治時代
明治時代明治の学問と科学の躍進―世界に挑んだ日本の知性たち― 明治時代、日本は欧米から科学技術を導入するだけでなく、独自の独創的な研究で世界を驚かせました。医学から物理学、化学まで、不朽の功績を残した科学者たちを紹介します。伝染病(でんせんびょう)との戦い:医学の黄金時代当時の日本にとって、感染症の克... 2026.05.04明治時代
明治時代明治の学舎と「志」の系譜―官学の興隆と私学の誕生、そして女子教育の夜明け― 明治時代、政府主導の公立学校と並行して、個人の高い理想に基づいた多くの私立学校が誕生しました。現代の名門校のルーツとなる、当時の教育現場を巡ります。「官」の頂点:東京大学と専門教育国家のエリート養成機関として、1877年に日本初の近代大学で... 2026.05.04明治時代
明治時代近代日本の夜明けと「教育」の光影~学制改革とその変遷~ 日本の近代化において、教育は「富国強兵」を支える最重要インフラでした。江戸時代から続く高い教育水準を土台にしつつ、欧米の背中を追った激動の学制史を紐解きます。1. 「学制」の公布と理想の追求(1872年〜)文部省が設置された翌年の1871年... 2026.05.04明治時代
第一次世界大戦鈴木商店、内田汽船、そして満鉄――『大正の成金』たちが築いた工業大国の礎・大戦景気 大正時代、日本経済が空前の活況を呈した**「大戦景気」**(たいせんけいき)について解説します。1914年に勃発した第一次世界大戦は、遠く離れた日本に予想もしない経済的恩恵をもたらしました。当時の日本がどのように「債務国」から「債権国」へと... 2026.04.17大正時代第一次世界大戦
明治時代文明開化:伝統の解体と「西洋」への急転換――明治という時代の皮膚感覚 明治維新という巨大な断層の先にあった「文明開化」。それは単なる流行の移り変わりではなく、日本人がそれまで培ってきた身体感覚、時間概念、そして「家」のあり方を根底から作り替える、極めて痛みを伴う改造計画でした。本稿では、当時の銀座の賑わいや、... 2026.04.15明治時代
明治時代中期青木外交とは何か― 青木周蔵と「大津事件」が問うた日本の国家の成熟 ― ■ 青木周蔵の外交と時代背景外務大臣 青木周蔵 の時代、日本は条約改正を目前に控え、👉 「文明国として信頼されるか」が大きなテーマになっていました。そんな中で起きたのが、日本外交史上最大級の危機――👉 大津事件(1891年)です。■ 大津事... 2026.04.10明治時代中期
明治時代中期大隈外交(1888~1889)とは何か― 外務大臣・大隈重信と「条約改正」をめぐる攻防 ― ■ 外務大臣・大隈重信の登場大隈重信は、明治政府の中でも特に現実主義的な外交感覚を持った政治家でした。彼は外務大臣として、日本が抱えていた最大の課題――👉 「不平等条約の改正」に真正面から取り組みます。当時、日本は欧米列強との間で領事裁判権... 2026.04.10明治時代中期