三・一五事件-治安維持法に基づく日本共産党員の検挙-

スポンサーリンク
昭和時代初期
この記事は約2分で読めます。

前回の普通選挙の実施で、

日本の最初の普通選挙実施(1928年)
...

無産政党が議席を8つも伸ばしたとお伝えしました。

今回はそれに脅威を感じた田中義一により、それらが弾圧させられるという事件です。

スポンサーリンク

三・一五事件の背景と内容

普通選挙実施にともない、無産政党が議席を獲得しました。

しかし、共産党系の活動が目立ったために、警戒した田中義一により1928年3月15日、治安維持法を適用して共産党員の大量検挙が行われました。

さらに緊急勅令をだして、最高刑を死刑としました。

三・一五事件で解散させられた3つの組織

三・一五事件をきっかけに解散させられた組織が3つあります。

  • 日本労農党
  • 日本労働組合総評議会
  • 全日本無産青年同盟

の3つです。

特別高等警察の全国に設置

この三・一五事件をきっかけに特高警察が全国に設置されました。

ちなみに、特高警察がはじめて設置されたのは、天皇に直訴したので有名な大逆事件がきっかけです。

四・一六事件

三・一五事件の翌年の1929年、また共産党員が検挙されました。ちなみに山本宣治は1929年の3月に右翼に殺されています。

三・一五事件と四・一六事件の結果

日本共産党は大きな打撃を受け、さらには内ゲバ(内部抗争/よくある左翼の暴力的分裂)が起こり、労働者・農民を十分に組織することはできませんでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました