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昭和時代初期

ロンドン海軍軍縮条約をわかりやすく解説!全権は誰?「対米英7割」の比率とは?

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昭和時代初期
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はじめに:なぜ海軍の軍縮が必要だったのか?

1929年(昭和4年・己巳)、アメリカ・ニューヨークで起こった金融危機、いわゆる世界恐慌が全世界に広がりました。
日本の経済も激しく落ち込み、国の財政はとても厳しくなります。
そこで日本を含む多くの国は「高い軍事費をできるだけ減らし、経済を立て直したい」と考えるようになりました。

この流れの中、1922年(大正11年・壬戌)にはアメリカ中心で「ワシントン海軍軍縮条約」が結ばれ、主力艦(せんかん・こうくうぼかん=大きな戦力になる艦)の数だけが制限されました。しかし、補助艦(じゅんようかん・くちくかん・せんすいかんなど)には規制がなく、各国の造船競争は逆に激しくなってしまいました。
このため「補助艦」についても国際的な取り決めが必要となり、再び各国が集まることになります。

その舞台が、1930年(昭和5年・庚午)にイギリス・ロンドンで開かれたロンドン海軍軍縮会議です。

主力艦と補助艦の違いって?
海軍の軍艦は、その働きや大きさで分けることができます。

  • 主力艦:戦艦や航空母艦など、軍の中心になる大型艦。ワシントン海軍軍縮条約で保有数が制限されました。
  • 補助艦:巡洋艦・駆逐艦・潜水艦など、戦争でも重要な役割を果たす中型・小型艦。ロンドン海軍軍縮条約では、この補助艦の保有について話し合われました。
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ロンドン海軍軍縮会議と日本の全権団

1930年(昭和5年・庚午)、イギリスのマクドナルド首相の呼びかけで、ロンドンに世界の代表が集まりました。
日本もきわめて重要な外交交渉になると判断し、次の「全権」(国の代表で交渉・調印できる権限を持つ人たち)を派遣しました。

  • 若槻礼次郎(わかつき れいじろう) … 元内閣総理大臣で、交渉団トップ。政治に詳しく、冷静に交渉をリードしました。
  • 財部彪(たからべ たけし) … 当時の海軍大臣で、海軍側の考え方を代表しました。
  • 他にも、斎藤博(外交官)、松平恒雄(駐米大使)など専門家が加わり、日本の立場を強く主張します。

ロンドンで交渉に臨む若槻礼次郎ら日本全権団

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交渉の焦点:日本はなぜ「対米英7割」にこだわったのか

この会議で日本が何よりも重視したのが、「補助艦の持てる量は、アメリカやイギリスの7割は死守したい」という立場です。

なぜこれを譲れなかったのでしょうか?
– アメリカやイギリスは世界各地に植民地や広大な海域を持っていて、日本より多くの艦艇が必要と考えていました。
日本は「最低7割」という数字を国防上のギリギリと考え、それを割ると国が守れなくなると認識していました。
– 特に海軍内部では、妥協派(条約派)と強硬派(艦隊派)とで激しく議論があり、「7割でも海防は不十分」という意見もありました。

【日本海軍の主な要求】
補助艦全体 … アメリカ・イギリスの7割
重巡洋艦 … これも7割
潜水艦 … 日本が当時持っていた7万8千トンを維持

しかしアメリカ・イギリス側も軍艦数を譲りたくなく、折り合いはなかなかつきませんでした。
最終的にどう妥協したのでしょうか?

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ロンドン海軍軍縮条約:その内容と日本にとっての意義

長い交渉の末にまとまったロンドン海軍軍縮条約ですが、日本の要求がそのまま通ったわけではありませんでした。

【ロンドン海軍軍縮条約の主な内容(日本に関わる部分)】
重巡洋艦 … アメリカに対し約 6割(60.2%)まで
補助艦全体 … アメリカに対し6.975割(約69.7%)(=ほぼ「7割」)に決定
潜水艦 … 米英と同じ5万2700トンまで削減(当時日本の実際の保有量よりかなり減ります)

つまり、補助艦の割合ではギリギリ「7割」に近い数字が認められましたが、重巡洋艦や潜水艦では日本軍の意向より少なくなりました。この点に国内では不満な声も多かったようです。

それでも浜口雄幸内閣は、深刻な財政事情や国際協調を重視して、最終的に調印することを決断します。

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条約が国内にもたらした大きな波紋

やがて、ロンドン海軍軍縮条約は日本国内で激しい論争を巻き起こします。
海軍の内部でも
「この条約で国防は守れる」とみる条約派と、
「このままでは日本の海は守れない」と反対する艦隊派が対立しました。

この争いが、「政府が海軍の(特に軍令部の)意見を無視して条約を結ぶのは、天皇の軍隊指揮権(統帥権)を侵したことになる」という論争、いわゆる「統帥権干犯問題」に発展します。

ロンドン海軍軍縮条約は、国際協調を求める政府と国防を譲れない軍部、その考え方の根本的な対立を世に浮上させるきっかけとなったのです。

条約をめぐる国内の政治対立や「統帥権干犯問題」についてさらに詳しく知りたい方は、次の記事がおすすめです。
統帥権干犯問題とは?ロンドン海軍軍縮条約が軍部の暴走を招いた理由を解説


※ 本記事は高校生や初学者向けに、できるだけ分かりやすい言葉と構成でまとめています。より詳しく知りたい方は、当サイト内の大学生向け詳細記事シリーズなどもご活用ください。

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