軍国主義の時代

日米通商航海条約の廃棄を通告

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日本とアメリカは今でこそ仲がいいものの、
当時は調子に乗った日本に対して、
アメリカとイギリスは激怒していたのであります。

それを日本は鬼畜米英と罵ったものでありますが、
今となっては昔の話。

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日米関係の悪化

アメリカは中国を支援していたのであります。

中華民国は重慶という
現在でも中華人民共和国の直轄市である
山奥の辺境に拠点を移転しました。

中華民国国民政府は、
アメリカ、イギリス、フランスから支援を得ていたのであります。
このルートを援蒋ルートといいます。
援蒋ルートについては次回以降お伝えします。

第一次近衛内閣の時、
近衛文麿が
第二次近衛声明で、
東亜新秩序の建設の声明を発出し、
アメリカは非常に激怒したのであります。

いらないことは言わぬが花でした。

日米通商航海条約の破棄の通告と対日経済制裁

アメリカは日本に対する経済制裁第一弾として、
日本とアメリカの間で結ばれていた、
日米通商航海条約の破棄を通告し、
その通告から約1年後、条約は破棄された。

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