元朝の対日交渉
モンゴル軍はチンギス・カン(チンギス・ハン(ハーン))の時代から高麗へ侵攻
元朝1273年高麗を属国化
→高麗を仲介役として日本と交渉。
1266~71年 国書を携えた使節団を3回派遣
国書の内容
武力行使に言及する部分はあるものの、
総じて見れば、穏やかであり、修好を求める挨拶状に近かった。
日本(鎌倉幕府・京都の朝廷)は元朝がいかなる王朝かわからず、
歴代王朝と比べて、停止性であることに対して、警戒感を持った
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国書を黙殺。
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元朝、場合によっては武力行使もやむなしと判断。
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