飛鳥時代

飛鳥時代の身分制度

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飛鳥時代の身分制度についてとても気になっているので、
まとめ直しています。

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身分制度

人々は国家によって、
良民りょうみん賤民せんみんにわけられた。

良民

公民(一般農民)と皇族貴族の支配階級、
公民よりも一段低い品部雑戸がある。

品部・雑戸

品部(しなべ/ともべ)と雑戸ざっこは、
賤民ではないが半自由民で、
特殊技術をもち、工房で働き、手工芸品を納入しました。

これがいわゆる第四身分となりました。

賤民

賤民には5種類あり、五色の賤ごしきのせんと総称された。

賤民がのちの

  • 水呑み百姓
  • エタ

などに分かれていきました。

本百姓と水呑み百姓は明確に違う身分です。
水呑み百姓がのちの小作人になり、
現代のサラリーマンになっていきます。

官有賤民(3種類)

私有賤民は、
良民男女の3分の1の口分田が与えられた。

陵戸

陵戸りょうこは課役の納入ではなく、
天皇の陵墓の墓守りにあたるもの。

墓守は近世以降はエタ階級として、
現代でも残っており、
近見などの名字として残っています。

官戸・公奴婢

官戸かんこ公奴婢くぬひは官有で公的雑務に使役された。
公奴婢は戸の形成を許されず、売買の対象となった。

いわゆる奴隷制ですね。
これはいわゆる良賤の間の階級といわれる
第四身分の人たちのことです。

現代の臨時公務員相当です。

私有賤民(2種類)

官有賤民は公的な奴隷でしたが、
私有賤民として2種類います。

おそらく次男次女以降の人たちが
売買されてしまったものです。

家人・私奴婢

家人けにん私奴婢しぬひは民間私有で私的雑務に隷属された。
私奴婢は戸の形成を許されず、売買の対象となった。

長野には昭和時代頃までこの習慣が続いており、
私奴婢のようなものがあったようで、
次男以降や次女以降は長野では、
家族を形成することが困難でした。

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