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大正時代未分類

第2次山本権兵衛内閣(1923年)

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関東大震災(1923年)

1923年9月1日午前11時58分、
京浜区で関東大震災が襲いました。

お昼ごはんの準備中ということもあり、
あちこちで火の手がボッコボコにこりました。

多くの家屋が消失してしましました。

山本権兵衛内閣の組閣中に起こったために、
9月2日に第二次山本権兵衛内閣が生まれます。

戒厳令

この関東大震災で、
戒厳令かいげんれいが布かれました、

戒厳令では、
軍隊に行政・司法などの一切の権限を与えることです。

これは21世紀で言うと、
緊急事態条項のようなものに近いでしょうね。

本で戒厳令が布かれたのは、
日比谷焼き討ち事件と、
二・二六事件の時にも布かれています。

自警団

関東大震災では、
流言飛語が飛んでいました。

実際には無い話が本当の話のように、
デマが流れたです。

在日朝鮮人が井戸に毒を入れたとか暴行を起こしたとか、
当然、不安も強まるし、治安も低下していきました。
婦女暴行とかも起こった訳ですよ。

その住民たちが自分たちの治安維持のために作ったのが自警団じけいだんです。

生きるか死ぬか
まさにDead or Aliveの世界観でした。

阪神大震災では、
礫の中でうめき声が聞こえる中で、
若者たちが記念写真撮影を行いVサインでポーズ撮影が行われ、
テレビカメラはそれも放送しました。

一方で、
受験勉強をやめて、浪人することを決意し、
ボランティアで救援活動に乗り出した若者もいました。

若者たちも二極化していきました。

おばさんたちも被災観光を行いましたし、
人間の二極化はこの時から行われました。

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震災恐慌

さて、
このような関東大震災の中で、
済界でも大変な事態になっていきました。

関東大震災をきっかけに震災恐慌になりました。
それを収拾するために、
大蔵大臣井上準之助がモラトリアム30日実施しました。

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亀戸事件

このような関東大震災の中で、
労働組合関係者が軍隊によって殺されてしまいました。

これを亀戸事件かめどじけんといいます。

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甘粕事件

甘粕正彦憲兵大尉によって、
伊藤野枝と大杉栄らが虐殺された事件を
甘粕事件あまかすじけんといいます。

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虎ノ門事件

昭和天皇がまだ若い頃、
摂政宮・裕仁親王の地位にあった頃、
によって襲われる事件が発生します。

これを虎ノ門事件といいます。

裕仁親王を襲撃したのは、
無政府主義者の難波大助です。

こうして、
第二次山本権兵衛内閣は、
虎ノ門事件の責任をとって総辞職します。

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