軍国主義の時代

宇垣流産内閣

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広田弘毅内閣のつぎに
元老・西園寺公望は
宇垣一成を推したのであります。

しかし、宇垣は軍事的穏健派だったことから、
軍部への影響力、つまり、統率力がない陸軍から判断されたのであります。

その結果、陸軍は軍部大臣現役武官制を用いて、
陸軍大臣を出さなかったのであります。

陸軍は陸軍大臣の選出を拒否したのであります。

だから宇垣流産内閣という言い方をするのであります。

軍部大臣現役武官制というシステムは、
陸軍大臣を送らないことで組閣を拒否できるという力があったのであります。

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