古代インド・東南アジア

マウリヤ朝

スポンサーリンク
古代インド・東南アジア
この記事は約2分で読めます。
スポンサーリンク

ナンダ朝

前4世紀頃
ガンジス川流域でマガダ国がナンダ朝のもとで発展を続けて、前4世紀半ば全流域を統一。

アケメネス朝のインダス周辺属州化

アケメネス朝ペルシアのオリエント世界の統一とその政策
...

インダス川は前520年ごろアケメネス朝のダレイオス1世の征服にあい属州となる。

アレクサンドロス大王の北西インド侵略

前326年アレクサンドロス大王が北西インドに進出征服。

マウリヤ朝の成立

ナンダ朝から王位をチャンドラグプタが奪い、インド最初の統一王朝マウリヤ朝を成立させた。

都はパータリプトラ(=華の都)

アレクサンドロス大王死後、インダス川流域からギリシア勢力を追い出し、
セレウコス朝シリアからアフガニスタンを奪った。

セレウコス朝シリアのセレウコス1世はパータリプトラに
メガステネスを派遣、メガステネスは帰国後インド誌を著した。

アショーカ王

マウリヤ朝は前3世紀半ば、第3代アショーカ王(阿育王)の時代が全盛期。
アショーカ王はカリンガ国を征服したが、10万人も殺してしまったことを後悔し、仏教に帰依。

ダルマ(理法)による政治を行い、磨崖碑、石柱碑、サーンチーの仏塔(ストゥーパ)を建設。

第3回仏典結集を援助、パーリ語で行わさせた。

王子マヒンダスリランカ(セイロン)に派遣し仏教を布教させた。

スリランカは上座部仏教の根拠地となり、東南アジアに伝えられた。

インド最南端はパーンディヤ朝がマウリヤ朝から独立を維持。

前2世紀頃ゼロの概念が発見され、イスラーム世界に影響を与えた。

マウリヤ朝の滅亡

前180年頃シュンガ朝に取って代わられた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました