明治時代においての郵便・電信・電話の導入

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明治時代
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明治時代の郵便制度

1871年4月、前島密の建議によって江戸時代の飛脚制度にかわって、郵便制度が日本の東京・大阪・京都で初めて導入されます。

郵便料金ははじめは距離制でしたが、1873年には全国均一の料金制度が実現します。この頃には全国主要な郵便制度は完成していました。

1877年には万国郵便連合条約に加盟します。

前島密の功績
前島密は「郵便」や「切手」という言葉を考案しました。
イタリア銅版画家・キヨッソーネ(キヨソネ)
切手などの有価証券の原版の作成に尽力したのがイタリアの銅版画家・キヨソネです。キヨッソーネはお抱えのお雇い外国人の1人です。

電信制度

電信とは電気による通信のことで信号を電気を通して送ることです。

1869年に東京・横浜間で始まりました。
1874年には青森・東京・長崎間で開通して主要電信網はほぼ完成しました。

1880年初頭までには、全国の電信ネットワークが完成した。

海外との電信は1871年に長崎と清の上海との間で開通しました。

電信制度と当時の人々
明治時代初頭の人々の中には、電線を切って中を覗き込んだり、電報がいつ電線を通過するかみるために、1日中電線を見ていた人たちもいたそうです。

電話制度

電話は1877年に輸入されて、東京・横浜間が最初です。

官製の電話は1890年になって初めて導入されます。

電信中央局の設置

電信関係を統括する部署として1878年に電信中央局は設置されました。はじめは工部省に設置されましたが、逓信省が1885年に設置されると逓信省のほうに移管されました。

太政官制の設置と藩閥政府
廃藩置県後、中央集権体制を強めるために太政官制改革が進められ、正院・左院・右院の三院制となりました。

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