ナポレオン帝国フランス革命

ナポレオンの登場と経歴とフランス国民のカリスマ独裁者登場への期待

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ナポレオン帝国
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日本も生活苦ちいよ。
な状態ですね。

  • 原油高
  • 円安
  • 物価高

の三重苦ですね。
まるでセルフ制裁の状況です。

結局、今の日本人も
「誰か、まともな政治家、ちゃんとした国にしてくれ」
な状態でしょう。

そこで、ナポレオンシリーズもついに進めていきます。
ナポレオンはあんまり最後がみっともないので、
筆が進みませんでしたが、頑張りますよ。

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ジャコバン派(穏健左派)の復活

フランス王国では総裁政府が誕生しましたね。

フランス革命⑨テルミドールのクーデタと総裁政府

物価高による生活の苦しさにより、
国民の不満を背景に
ジャコバン派(左派)が復活。

また、社会的・政治的恐怖を利用した
愛国主義・王党派右翼の台頭もありました。

カリスマ的独裁者の渇望

また地方の有力な市民である
有産市民やゆたかな農民は、
フランスの混乱を収拾し、政治を安定させ、
フランス革命の成果を永続的に保証できる

  • 強い
  • すごい
  • 魅力的
  • たのもしい
  • カリスマ的

な指導者の登場を待ち望みました。

ナポレオンの登場

そのような中あらわれたのが、
ナポレオン=ボナパルトです。

©ジャック・ルイ・ダヴィッド

ナポレオンはフランス国民の希望と期待を背負って登場します。

ナポレオンの若い頃の経歴

ナポレオンはフランスでは辺境の地で、近くて遠い島・コルシカ島生まれ。
どちらかといえば、イタリアに近い島。
ナポレオンはそこでイタリア系の貧しい貴族の家に生まれました。

フランスの士官学校で優秀な成績を修め、
砲兵将校となりました。

ナポレオンはフランス革命軍に加わり、
そのカリスマ的な軍事の天賦の才が認められました。

テルミドールのクーデターでは、
ロベスピエール派(極左)として疑われ、
一時的に将兵の地位を奪われました。

しかし、パリの王党派(右翼)の反乱を鎮圧して、
総裁政府の信頼を勝ちえ、見事に復活しました。

オーストリア攻略戦

フランスは第1回対仏大同盟で結構ピンチな状態でしたが、
それを見事に打ち破ります。

勢いのある国は違いますね。

1796年のオーストリア攻略戦では、
イタリア系フランス人でイタリアに精通している
ナポレオンが司令官に抜擢。

兵力でまさるサルデーニャ・オーストリア同盟軍を見事に破った
ナポレオン。

カンポ・フォルミオの和約を結び、
第1回対仏大同盟は崩壊しました。

天賦のナポレオンの軍事的・政治的才能を
いかんなく発揮しました。

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