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古代インド・東南アジア

古代インドのグプタ朝と仏教による宗教王政

古代インド・東南アジア
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チャンドラグプタ1世による北インドの統一

320年ころチャンドラグプタ1世によりガンジス川中流域の
パータリプトラに都を置いて北インドを統一し、グプタが起こった。
なお、マウリヤ朝のチャンドラグプタとは血縁関係はない。

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サムドラグプタの

第2代のサムドラグプタの時代に四周を征服し、領土げ、
南インドに遠征軍を送ったが、この土地は領土には加わらなかった。

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チャンドラグプタ2世の時代(位376~415)

第3代のチャンドラグプタ2世(超日王)は西インドを征服し、
ヴァーカータカ朝と婚姻関係を結び、南方に影響力を持った。
グプタ朝の最盛期で当時インドを陸路で訪れた晋の僧、法顕は旅行記「仏国記」を記した。

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グプタ朝の衰退と滅亡

5世紀半諸侯の離反・立により国内が荒れ、西北からはエフタル民族の侵入も受けて、衰退。6世紀半ば滅んだ。

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インド古典文化

グプタ朝の時代はインド古典文化の黄金時代でもあった。

文学

伝統への回帰が見られる、バラモン教の聖典語であるサンスクリット語が公用語となった。
文学の分野ではカーリダーサが出てきて、戯曲「ャクンタラー」を書いた。
シャクンタラーはシャクンタラーという女性と王の悲恋物語で18世紀にヨーロッパに紹介された際に
カーリダーサは「インドのシェークスピア」と称された。
大叙事詩「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」もこの時代に出来た。

グプタ朝時代のヒンドゥー教

グプタ朝の時代にバラモンの優位や各ヴァルナの義務を定めたマヌ法典が完成定着。
自然発生したヒンドゥー教バラモン教に土着の宗教とが融合することでできた宗教である。
創造神であるブラフマー、壊神のシヴァ、維持神のヴィシュヌが三大神。

その他

グプタ朝時代に数学が発達し、十進法とゼロの概念が用いられた。
天文学・物理学・医学も発達した。

グプタ美術

優雅なグプタ式仏像彫刻アジャンターやエローラなどの石窟寺院群が建造された。
アジャンター石窟寺院に残された壁画は、法隆寺金堂にある壁画と能く似ており、約200年かかって、構図が日に伝播したことがわかる。
仏教ではナーランダー僧院が設立され、仏教教学の中心となった。

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