平安時代初期地方と貴族社会の変貌 偽籍(ぎせき)・・・戸籍に税負担の少ない女としてわざと登録すること。これは、8世紀後半から農民の間で格差が生まれ、税負担から逃亡・浮浪する農民が多くなった。しかも、その人達を寺院や貴族が大規模所有する土地に受け入れを進めた。その後、9世紀後... 2022.02.17平安時代平安時代初期
宋の中央集権化宋の建国と中国統一とその政策 趙匡胤らの中国再統一960年、後周の部将で親衛隊長である節度使・趙匡胤(ちょうきょういん)が人望があり、部下の将兵に推されて、後周の皇帝世宗の死後、遼の侵入の危機の中、恭帝から禅譲されて、宋(北宋)を建国。皇帝(太祖)に即位。大運河と黄河の... 2014.10.13宋の中央集権化
宋の中央集権化五代十国時代 朱全忠が建てた後梁(こうりょう)は中華大陸を統一することなく、わずか16年で滅び、そののち、後唐、後晋、後漢、後周とたった50年の間に華北で5王朝が入れ替わった。後唐、後晋、後漢は突厥系節度使(沙陀部)が建てた王朝で、後唐(都は洛陽)以外は... 2020.04.10宋の中央集権化
隋・唐時代の繁栄南詔(なんしょう) 雲南地方において、唐と吐蕃の間を縫って、7世紀末~8世紀前半に統一された、チベット=ビルマ系の王国。唐文化を取り入れ、漢字を使い、仏教を奨励したが、唐が衰退すると、よく唐の四川地方に侵入して、唐を苦しめた。10世紀初めに内紛によって滅亡。そ... 2022.02.17隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄吐蕃-強大なチベットの国–新しい文字や仏教を独自に- 吐蕃の建国吐蕃は7世紀にチベットで、ソンツェン・ガンポが建国した国。都はラサで、ポタラ宮殿というチベット仏教と政治の中心となる施設が17世紀に建てられた。吐蕃は強大な山国で、唐に恐怖を与えた。ヴァルダナ朝へ王玄策おうげんさくを使者に出し、友... 2020.07.26隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄渤海(ぼっかい) 698年、中国東北部において、高句麗の遺民大祚栄(だいそえい)がツーグース系靺鞨(まっかつ)族を統一し建国。震(しん)国と名載っていたが、713年唐に朝貢して渤海郡王に封ぜられた結果、渤海と称した。都は中国風の上京竜泉府(じょうきょうりゅう... 2022.02.17隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄唐の絵画 唐初の閻立本(えんりっぽん)は、歴代帝王図巻など人物画で有名。玄宗期には細密華麗な色彩の山水画を描いた李思訓(りしくん)と、仏画の山水画で知られる呉道玄(ごどうげん)は線の太さで立体感を表現する新しい技法を作った。詩人としても有名な王維は「... 2014.10.06隋・唐時代の繁栄
明代の中国朱元璋(洪武帝)の台頭と明の建国 朱元璋誕生・幼少期1328年朱元璋(しゅげんしょう)は安徽省濠州の貧しい中でも一番貧しい小作農(佃戸)の家に生まれた。(現在の安徽省徐州市鳳陽県)本名は重八。(一族同世代の中で8番目に生まれたから)ちなみに、父親の名前は五四(ごし)。両親の... 2020.05.23明代の中国
モンゴル民族の発展元末の情勢と紅巾の乱 元末の情勢元末の混乱14世紀、クビライの次の成宗の死後、帝位継承をめぐり相続争いが続いた。帝位継承制度がクリルタイのままだったので、一族の権力争いが続いた。代表的な例として、上都派と大都派にわかれた混乱である天暦の内乱が起こる。それに加えて... 2022.02.17モンゴル民族の発展
モンゴル民族の発展第2回日本遠征(弘安の役) 第2回日本遠征(弘安の役)の目的モンゴル帝国は南宋を滅亡させた後、元朝にとって南宋の兵士の取り扱いが問題になりました。 南宋の兵士に俸給を払う→財政圧迫 南宋の兵士を放置→兵士が不満→反乱そこで、南宋の兵士の中から志願者を募り、海外遠征に振... 2022.09.12モンゴル民族の発展
モンゴル民族の発展第1回日本遠征(文永の役) 遠征の目的元朝1274年南宋に対する総攻撃を開始。一方、日本が日宋貿易を活発に行なっていたため、元朝は南宋と日本が極めて親しい関係にあると認識。南宋攻撃中に、背後から日本の派遣を懸念したモンゴルは、日本に元軍の強さを見せつけるため、及び日本... 2022.02.17モンゴル民族の発展
隋・唐時代の繁栄唐の書道 書道唐では書芸が大切に扱われ、科挙でも筆跡が重要視された。唐初は六朝時代の王羲之(おうぎし)の書風が重要視され、これを伝播する欧陽詢(おうようじゅん)と虞世南(ぐせいなん)は太宗に招かれて、貴族の子供や兄弟に、楷法を伝授した。この2人に褚遂... 2022.02.17隋・唐時代の繁栄
モンゴル民族の発展元朝の日本遠征の経緯 元朝の対日交渉 モンゴル軍はチンギス・カン(チンギス・ハン(ハーン))の時代から高麗へ侵攻元朝1273年高麗を属国化→高麗を仲介役として日本と交渉。1266~71年 国書を携えた使節団を3回派遣国書の内容武力行使に言及する部分はあるものの、... 2022.02.17モンゴル民族の発展
平安時代初期桓武天皇の政治改革 長岡京遷都長岡京と平安京の確立を参照。平城京遷都長岡京と平安京の確立を参照。健児の制概要792年、健児の制(こんでいー)は農民の負担となっていた従来の軍団制(防人さきもり)を廃止して、郡司の子弟や有力農民からの志願を募る制度。農民の負担の軽... 2020.05.24平安時代平安時代初期
平安時代初期本格的蝦夷(エミシ)征討 東北の混乱伊治砦麻呂の乱光仁天皇の時代である780年に夷俘(朝廷に帰属している蝦夷)の首長であり、伊治郡の大領(かみ/長官=郡司)であった伊治呰麻呂(いじのあざまろ/これはるのあざまろ/これはりのあざまろ)は大反乱を起こし、按察使(あぜち/... 2019.10.25平安時代平安時代初期
平安時代初期桓武天皇と長岡京と平安京の確立 桓武天皇の治世桓武天皇の即位光仁天皇の皇太子には、天武天皇系の親王である井上内親王とその子他戸親王が立ったが、藤原百川の暗躍により、光仁天皇と百済系で位の低い高野新笠(たかののにいがさ)との間に生まれた山部親王(やまべしんのう)が781年に... 2022.10.13平安時代平安時代初期
隋・唐時代の繁栄唐の文学 唐の時代は盛んに唐詩が作られる。初唐六朝時代を受け継いで、優雅なな作品が好まれた。文章形式は四六駢儷体が尊重されたが自由な形式も見られるようになった。盛唐詩仙と称される天才・李白(りはく)や詩聖と称される秀才・杜甫(とほ)が代表的である。2... 2020.04.10隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄隋唐時代の宗教 儒教魏晋南北朝時代はそんなに発展しなかったが、科挙が始まると、これまで行われてきた訓詁学を整理する必要性が出てきた。こうした中、太宗の指示を受け、孔頴達(くようだつ/こうえいたつ)は公定注釈書である「五経正義(ごきょうせいぎ)」を編纂した。... 2020.04.24隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄唐の衰退と滅亡 安史の乱とその後の混乱節度使の反抗安史の乱に際して、唐朝は藩鎮(はんちん)をくまなく配置して、各地域の防衛の任に就かせた。長安陥落により門閥貴族は没落。門閥貴族は官人営業田という名目で広大な私有地を持っていたが、武官の節度使は計算が苦手だっ... 2014.05.29隋・唐時代の繁栄
モンゴル民族の発展元の成立と大都の建設-クビライのクーデタ- 元の成立モンケの死によって、後継者を決めなくてはならなくなりました。しかし、モンケの子供たちは20代と若く即位できず、モンケの弟のフレグは遠征中のため即位できませんでした。そのため、後継者はクビライ(フビライ)とアリクブケ(アリクブカ)に絞... 2023.01.14モンゴル民族の発展