占領下時代

片山哲内閣をわかりやすく解説

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占領下時代
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前回、日本国憲法が施行されました。
そのような中で、日本国憲法下ではじめて成立したのは社会主義内閣でした。

少し意外だと思いませんか?

という訳で今回は片山哲内閣について見ていきましょう。

 

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片山哲内閣の成立

【ワンワン宰相】第1次吉田茂内閣の功績を簡単に
...

日本自由党率いる吉田茂との選挙においての戦いに辛勝した日本社会党を率いる片山哲かたやまてつは、日本社会党を中心とし、民主党国民協同党との3党連立内閣として成立しました。

片山哲内閣は社会主義政党として初の政権でした。
また、当時の日本国憲法施行下では初の内閣でした。

一応覚えておきましょう。

片山哲内閣の政策

国家公務員法(1947年)

国家公務員法が公布されました。

改正刑法(1947年)

改正刑法が公布されました。

  • 不敬罪
  • 姦通罪
  • 大逆罪

廃止されました。

不敬罪や大逆罪は皇族の人間宣言を受けて、
姦通罪は男女平等の観点のもと導入されました。

警察法(1947年)

ポイント

  • 警察法
  • 自治体警察

内容

1947年、警察法が公布されました。

人口5000人以上の地域には、自治体警察
それ以外には国家地方警察を置くことにしました。

目的

警察機構の地方分権化、民主化を図るためです。

その後

1954年の第5次吉田茂内閣の新警察法まで
自治体警察と国家地方警察の2本体制が続きました。

片山哲内閣の退陣

片山哲内閣は保守派の民主党との調整がつかず、
社会主義政策をとれないまま退陣しました。

民主党の芦田均に政権を移譲します。

連立内閣の是非

片山哲内閣は日本社会党だけではなく、
保守派の民主党と政権合意がとれず、退陣しました。

連立内閣のメリットとしては

  • 政権をとれる

というものがありますが、

連立内閣のデメリットとしては、

  • 政策の意見調整が難しい
  • 亀裂が入りやすい

という点があります。

覚えておきましょう。

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