平成時代

宇野宗佑内閣(1989年)

スポンサーリンク
平成時代
この記事は約1分で読めます。

竹下登内閣-日本経済の7割の内需をとめる「消費税」の導入など-

竹下登内閣がリクルート事件で退陣したあとを引き継いだのは、
宇野宗佑うのそうすけでした。

宇野宗佑

宇野宗佑内閣は、中継ぎの側面が大きいです。
あまり実績はありません。

それもそのはず、わずか69日間の内閣でしたので。

スポンサーリンク

天安門事件

宇野宗佑内閣の頃、天安門事件が起こりました。

【外交文書】日本政府、天安門当日に共同制裁「反対」 宇野首相「中国孤立は不適当」(1/2ページ)
 外務省は23日、1987年から90年までの外交文書26冊(約1万600ページ)を一般公開した。中国当局が民主化を求める学生らを武力鎮圧した89年6月4日の天…

欧米諸国は中国への批判や制裁を強める中で、
宇野宗佑首相は「中国孤立は不適当」と述べました。

欧米諸国とは異なる独自の外交を執ったという点では、
評価できると考えていいでしょう。

参議院議員選挙の敗北

宇野宗佑首相は、女性スキャンダルも抱えていました。
しかし、女性スキャンダルだけで退任する首相は当時居ませんでした。

実際のところ、この参議院議員選挙の敗北は、
宇野宗佑首相の前の首相、
竹下登首相の消費税の導入とリクルート事件による影響が大きかったのです。

この敗北を受けて、
宇野宗佑首相は退任します。

コメント

タイトルとURLをコピーしました