世界恐慌とファシズム諸国の侵略

ムッソリーニによるイタリアでファシスト党結成

スポンサーリンク
この記事は約2分で読めます。
スポンサーリンク
スポンサーリンク

第1次世界大戦でのイタリアの不満

イタリアでは、「黄金の20年代」において、
ベルサイユ条約による不満がくすぶっていたのであります。

オーストリアから回収できた未回収のイタリアは、
イタリアの主張の全てではなかったのであります。

また、共産主義の台頭への恐怖にかられて、

  • 多くの実業家
  • 商人
  • 大地主
  • 将校

らが、民主主義の議会政治の終わりと、
独裁政権を求めて、
ファシストを結成させました。

ファシストとは?

ファシストとは、
古代ローマの警士がもっていた、
手斧入りの枝の束を表す、
ラテン語のファスキオにちなんでいます。

上に書いたアッパー層は教会勢力も含めて、
ファシストを応援することになります。

ムッソリーニの「ローマ進軍」

1922年、
ファシスタ党党首ベニート・ムッソリーニが、
ローマ進軍を行い、政権を掌握したのであります。

ファシズムは、
共産主義だけでなく、議会制民主主義へも反対していた。

第二次世界大戦は、

  • 議会制民主主義勢力
  • 共産主義勢力
  • ファシズム勢力

の3つのイデオロギーに分かれて、
争うことになります。

議会制民主主義はなぜ敵視されたかといえば、
議会制民主主義は正しいことを決められる訳でもなく、
むしろエリート独裁のほうが、
国を正しい方向に進められると信じていた。

ファシズムの特徴

ファシストは、秩序と規律を基本に置きました。
議会制民主主義が自由、
共産主義は労働を基軸においていましたが、
ファシストは秩序をメインにおきました。

ファシストは批判を徹底的に弾圧し、
多くのイタリア人が国家主義的な宣伝にあおられました。

ムッソリーニの政策

ムッソリーニは、

  • 雇用創出

を徹底的に行い、
社会秩序を守ろうとしました。

その結果、イタリア人の民衆の支持率は上昇し、
イタリア国民から広く支持され、
イタリアのファシズムは、
ヨーロッパの諸国の参考になりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました