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ポルトガルの植民活動と貿易活動

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カブラルの大西洋横断

1500年、
第2次インド航海が
13隻からなるカブラル船隊により、
行われました。

カブラルはブラジルに漂着しますが、
南大西洋を横断しインドに至りました。

ディウ沖の戦い

ディウ沖の戦いの背景

ポルトガルは東方貿易の独占が目的であり、
毎年、インドに艦隊を派遣しました。

しかし、ポルトガルがやってくる前の、
東方貿易の従事者の
ムスリム商人やトルコ・エジプト・ヴェネツィアなどの利益と
反していました。

ヴェネツィアは、
ポルトガルを排除するために、
エジプトを支援します。

アルメイダの活躍

1509年、ディウ沖海戦がインド西海岸で起きますが、
ポルトガル艦隊の提督・アルメイダが率いる軍勢は、
エジプト連合を破りました。

インド洋支配の確立に向けて

ポルトガルのインド総督、
アルブケルケは、

  • ゴア(1510年)
  • マラッカ(1511年)
  • ホルムズ(1515年)
  • アデン

を次々と占領します。

ムスリム商人の活動を封印し、
インド洋支配の戦略拠点を築きました。

ポルトガルの諸般の動き

コロンボ占領

1517年、ポルトガルはコロンボ(現在のスリランカの都市)を占領します。

マカオに居住許可

1557年、ポルトガルは中国からマカオに居住許可を得ます。

種子島漂着

1543年、ポルトガルは種子島に漂着し、鉄砲を日本に伝えます。

ヨーロッパ世界の拡大
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