アテネがデロス同盟で支配権を拡大すると、
従来からあったペロポネソス同盟のコリントスやスパルタにとって脅威となった。
コリントスとアテネ間の紛争をきっかけにペロポネソス戦争が始まる。

ペロポネソス戦争

結果をもうせば、ペロポネソス同盟が勝利し、デロス同盟が負けた。
なぜかをいえば、
ペリクレス指導のもとアテネ優勢にあったが、
農民を内に避難させたことにより、伝染病が流行し、ペリクレス病死
デマゴーゴス(煽動政治家)と呼ばれる商人や手工業者の政治家が台頭し、
戦争を煽る(衆愚政治におちいる)
アルキビアデスがシチリア遠征を無謀にも提案し、
アテネ軍は全滅。敗戦。

ペロポネソス戦争後

終戦後、アテネはクリティアスなどは率いる三十人の僭主でスパルタの傀儡に…
スパルタはコリントスなどの離反にあい、ペルシアと和議を結ぶ(大王の和約)

ギリシアの支配権をようやく確保へ

 

最強のポリス・テーベ

テーベ(ポリス)が勢力を伸ばし、
ペロピダスと名将エパメイノンダス(エパミノンダス)の指導のもと
レウクトラの戦いでスパルタを破り、最強のポリスへ
 

ポリスの衰退

アテネの再同盟化の失敗、スパルタの没落、エパメイノンダスの死後に勢いを失ったテーベ
ポリスは衰退します。
 
長年の戦争で重装歩兵が没落して
軍の主力は傭兵に移行。
 

マケドニアの台頭

マケドニアがフィリッポス2世のときにギリシア侵入。。。
アテネのデモステネスは反マケドニア運動を指導し、
アテネはテーベと同盟。
カイロネイアの戦いでマケドニアはアテネ・テーベ軍に勝利し、
スパルタを除いてマケドニアはコリントス同盟を結成し、ギリシアの覇者へ

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