ウィーン体制 ドイツフランスヨーロッパ周 ギリシア独立戦争~甘やかされた支援とウィーン体制の動揺~ 2015年12月29日 私が書きたかったテーマの一つ。ギリシアがなぜ今デフォルトの最中にあり、ここまでドイツを筆頭とするヨーロッパ諸国を頼りにしているか、その根幹は恐らくこの独立の仕方によるものであろう。 背景 どこの領土だったか? 16世紀以来オスマン帝国の領土であった。 ギリシアはオスマン・トルコ帝国皇帝の正統の臣下でありました。 ギリシ... ベルヤン
ウィーン体制 スペインドイツフランスヨーロッパ ウィーン体制の動揺~自由主義・国民主義運動~ 2015年12月29日 2015年現在、少しずつ再び回帰しているのではないか?と個人的に思う自由主義と国民主義。保守が良いとは言っていないし、自由なのも必ずしもいいとも言っていない。本日はこの2つを解説する。 自由主義(リベラリズム)とは? より多くの人々が政治に参加できるようになり、経済活動や信仰などを自由にできるようにしようという考え方。... ベルヤン
ウィーン体制 スペインドイツフランスヨーロッパ ウィーン会議とその体制 2015年12月24日 ヨーロッパで近頃起こっているギリシア問題や移民問題やパリでのテロ事件。直接的な要因は後々の投稿で書く予定であるが、その前提知識としてウィーン会議は知っておかないと話について来れないので、ウィーン会議を先に解説する。 ウィーン会議 背景 ヨーロッパ中を蹂躙したナポレオンがエルバ島に流されたあと、1814年4月に第1次パリ... ベルヤン
ヨーロッパ世界の形成と発展 アフリカスペインフランスヨーロッパ ゲルマン民族の王国 2015年9月8日 西ゴート王国とフランク王国は別記事参照。 東ゴート王国 フン人征服時代 過去記事参照。 英雄テオドリック大王の時代 人質時代 わずか7歳で、東ローマ帝国の人質としてコンスタンティノープルのゼノン皇帝のもとに送られて宮廷で育った。ラテン語やギリシア語を学んだテオドリック大王はローマ文化に心酔するとともに、帝国の力と弱さを... ベルヤン
イスラーム世界 アジア中国中央アジア地方 イスラーム帝国の成立と繁栄 2015年1月20日 "イスラーム帝国"の成立 アッバース革命 750年、ムハンマドの親戚の子孫である アブー=アルアッバースが イラン北東部のホラーサーンを拠点に、 シーア派の反ウマイヤ運動や マワーリー(アラブ人以外のムスリム)の協力を得て、 ウマイヤ朝によるアラブ人支配を倒し、 アッバース朝という新王朝を開いた。 以後、アッバース家が... ベルヤン
飛鳥時代 アジア中国日本エジプト 飛鳥文化 2015年1月7日 飛鳥文化の寺はこちら 飛鳥文化の彫刻 金銅像が多い。北魏の様式に倣ったものと南梁にならったものとがある。後述する鞍作鳥の作品は北魏の様式である。 法隆寺金堂釈迦三尊像 作者は鞍作鳥(くらつくりのとり)。鞍作鳥は司馬達等の孫にあたる。この像は顔立ちは面長。口元には謎の微笑みがある。それを「古拙の微笑」=アルカイックスマイ... ベルヤン
飛鳥時代 中国建築瓦日本 飛鳥文化の寺 2015年1月6日 飛鳥文化アタックとは、朝鮮半島経由で受容した中国の南北朝時代(六朝文化)の影響を受けた日本最初の仏教文化。渡来人が指導。 今回は建築部門だけを見ていく。 飛鳥文化の中心地 飛鳥文化の中心地は2つあり、斑鳩(いかるが)と飛鳥である。飛鳥の読み方は今まで書いてなかったが「あすか」である。飛鳥の由来は鳥のイスカの群生地だった... ベルヤン
古代インド・東南アジア インド侵入王国統一 インド諸王国の抗争 2014年3月10日 ヴァルダナ朝 606年 ハルシャ・ヴァルダナ王(戒日王)が北インドを統一し、 カナウジを都にヴァルダナ朝をおこす。 この王のもとナーランダー寺院で学んだ玄奘は 王に好待遇を受け、西域旅行記を書いた。 唐はチベットの吐蕃に対抗するために、 ハルシャと太宗の間には使節の交換が行われ、 唐朝からは王玄策が派遣された。 ラージ... ベルヤン