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帝都東京時代

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軍国主義の時代

斎藤粛軍演説事件

1936年(昭和11年)に、民政党の代議士・斎藤隆夫さいとうたかお(1870年~1949年)が粛軍演説を行ったのであります。斎藤隆夫は軍部による政治介入を批判する演説をしたのであります。粛軍とは?粛軍とは、陸軍内部の人事異動のことであります...
軍国主義の時代

広義国防国家の建設と準戦時体制-広田弘毅内閣

広田弘毅内閣(1936年3月から1937年2月)が二・二六事件による岡田啓介内閣の退陣を受け、軍部からの組閣命令を受け、成立します。狭義国防と広義国防狭義国防とは?軍備増強のみで防衛力が強化できるという立場のことです。広義国防とは?軍事だけ...
軍国主義の時代

二・二六事件はいつ?どこの場所で?なぜ起こった?殺された人は?をわかりやすく

若者の軍人の間では、軍部の統制派(主にベテラン勢)への不満東北地方の凶作を放置などの政治への不信と不満などなど、恨みが塵も積もれば山となるで、起こった事件と言えるでありましょう。やはり、人に恨まれるようなことをしたおりましたら、小さいうちに...
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軍国主義の時代

天皇機関説問題-菊池武夫vs美濃部達吉~国は天皇のモノ?天皇は国のモノ?~

岡田啓介内閣の時に、忘れてはならない天皇機関説問題も勃発します。天皇機関説とは?明治時代から憲法学者の美濃部達吉らが唱えていた、天皇をひとつの大きな歯車として、大日本帝国が動いているという説。日本のガンジーこと美濃部達吉国の統治権は国家その...
軍国主義の時代

相沢中佐事件-皇道派・相沢三郎が統制派・永田鉄山を刺殺暗殺した事件-

大日本帝国陸軍は、統制派と皇道派で内部抗争の最中でありました。大日本帝国陸軍の統制派と皇道派の内部抗争-そんな抗争中の最中事件が起きるのであります。皇道派・真崎甚三郎の教育総監更迭1935年、皇道派の真崎甚三郎が教育総監を更迭されるという事...
軍国主義の時代

大日本帝国陸軍の統制派と皇道派の内部抗争-

大日本帝国陸軍の2つの派閥帝国陸軍内部では、統制派とうせいは皇道派こうどうはの内部抗争が激化していたのであります。ちなみに、大日本帝国陸軍は長州閥が中心に率いているのでありました。統制派永田鉄山ながたてつざん(1884年~1935年)が中心...
明治時代中期

井上馨の明治外交(1882-1887)-鹿鳴館時代とノルマントン号事件-

井上馨ははじめは、外務卿でしたが、のちの内閣制度が導入されてからは、日本で初めての外務大臣となりました。関税自主権の喪失と、領事裁判権の撤廃に向けて、挑んでいくことになります。主義:極端な欧米化政策井上馨は条約改正に向けて、欧米列強と有利に...
明治時代初期

寺島宗則の外交(1878年)-吉田・エバーツ条約-

さて、岩倉具視によって、岩倉外交が行われましたが、あとを引き継いだのが、寺島宗則てらしまむねのりでした。関税自主権の回復を目的として、欧米列強との交渉を進めました。吉田・エバーツ条約1878年、アメリカ・イギリス・ドイツと、吉田・エバーツ条...
軍国主義の時代

第1次ノモンハン事件

1939年5月11日ハルハ河東岸の外蒙古と満州の国境未確定地区でソ連・モンゴル軍と日本・満州軍が衝突しました。関東軍第23師団は即座に出動を準備しました。23師団長の小松原道太郎中将は、1939年4月下旬から示された「満ソ国境紛争処理要綱」...
軍国主義の時代

華北分離工作とは→関東軍の目的は?内閣は誰?簡単に解説

さて、そのまま時代は進んで、岡田啓介おかだけいすけ内閣の話です。前回の復習塘沽タンクー停戦協定でもお伝えしましたが、満州事変の戦後処理として、塘沽タンクー停戦協定が結ばれました。塘沽タンクー停戦協定で万里の長城以南を非武装地帯として設定しま...
軍国主義の時代

斎藤実内閣のまとめ-満州国承認と国際連盟脱退-

最近まで、斎藤実内閣の政策を書いてきました。斎藤実内閣のまとめ記事も書いておきます。最近、親記事を作ると、そこにPVが集中する傾向が判明しましたので、項目別に最近、記事を作ってるんですよね今回は斎藤実のまとめ記事です。ざっくりとまとめていき...
軍国主義の時代

滝川事件-斎藤実内閣と鳩山一郎文部大臣と大学自治崩壊-

現在、小泉純一郎内閣で行われた、国立大学の法人化により、大学の自治財源が崩壊していると言われております。さらに、菅義偉内閣で行われた学術会議任命拒否問題など、これを書いている21世紀現在の日本では問題になっていますね。そこで、今回は斎藤実内...
軍国主義の時代

斎藤実内閣と松岡洋右の「国際連盟脱退」

以前、リットン報告書についてお伝えしましたね。リットン調査団は日本の満州侵略を自作自演だと断定し、日本へ満鉄附属地まで撤兵しろ!というものがでました。今日はその続きです。対日撤兵勧告案その満鉄附属地まで撤兵しろというのは、国際連盟の会合で4...
軍国主義の時代

斎藤実内閣と「満洲国の承認」

1932年に満洲国が建国されましたね。2022年のロシアのウクライナ侵攻と西暦1桁が同じなので、気になるところです。21世紀ではウクライナ侵略がある程度、完了すると満洲国のようなドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国の承認要求が色んな国へ...
軍国主義の時代

斎藤実内閣の「農山漁村経済更生運動」とは?

前回、農村救済請願運動について話しました。斎藤実内閣の農村救済請願運動とは?今回はその続きです。農山漁村経済更生運動斎藤実さいとうまこと内閣は農本主義者らの主張を受け入れて、農村復興に力を入れることとなりました。農山漁村とは?農村山村漁村の...
軍国主義の時代

斎藤実内閣の「農村救済請願運動」とは?

現在の農業も肥料高・種苗高・資材高・燃油高のカルテットな苦しみと、野菜の単価安という五重の苦しみが農業界に訪れております。そういう訳で、戦前の農業の苦しみである農村恐慌からの農村救済請願運動について見ていきましょう。農村恐慌1929年、世界...
明治時代初期

岩倉具視の外交-遣外使節団と留学生の派遣-

明治時代の不平等条約の改正に向けて、明治の志士たちは働きました。日本と列強との不平等条約の改正に向けて1871年、岩倉具視いわくらともみを特命全権大使として、遣外使節団のリーダーとして日本を離れます。中央のちょんまげが岩倉具視です。特命全権...
明治時代初期

日本と列強との不平等条約の改正に向けて

さてさて、井伊直弼が結んだ不平等条約改正に向けて進んでいきます。まぁ、今の日本も日米安全保障条約という不平等条約を結んでますけれど。アメリカには日本を守る義務なんてものは1字も書いてないので。ではでは、明治時代の不平等条約の改正について、見...
軍国主義の時代

満州事変後の対応-リットン調査団とリットン報告書-

ウクライナ侵略が2022年2月に始まりましたね。もうすぐウクライナ東部2州が完全制圧されて、ウクライナ侵攻の国際調査が始まるでしょう。そこで、ウクライナ大統領のゼレンスキー大統領もたとえる満州事変の後の経過について見ていきましょう。中華民国...
軍国主義の時代

犬養毅内閣の時代(金輸出再禁止/血盟団事件/五・一五事件)

犬養毅内閣は、日本の歴史において重要な転換点となった時代を象徴しています。この時期には、経済政策の変更や暗殺事件が相次ぎ、日本の政治体制に大きな影響を与えました。この記事では、犬養毅内閣の成立、金輸出再禁止、血盟団事件、そして五・一五事件に...
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