大日本帝国陸軍の2つの派閥
帝国陸軍内部では、
- 統制派
- 皇道派
の内部抗争が激化していたのであります。
ちなみに、
大日本帝国陸軍は長州閥が中心に率いているのでありました。
統制派
永田鉄山(1884年~1935年)が中心に率いているのが、
統制派であります。
のちの首相となる、
東條英機も統制派であります。
統制派は大日本帝国陸軍のベテラン将校が中心であります。
であるので、政財界との結びつきが元々強いのであります。
陸軍省・参謀本部の中堅・幕僚が中心であります。
革新派官僚や政財界とタッグを組んでおります。
大日本帝国を軍事大国化し、
軍事下におくことで、
国家権力を把握することで、
大日本帝国を国家総力戦の樹立を目指すものであります。
皇道派
皇道派とは、
荒木貞夫(1877年~1966年)や真崎甚三郎が中心となって結成されて作られた派閥であります。
皇道派は大日本帝国陸軍の
隊付き青年将校が中心であります。
青年将校らは若く、
直接戦闘行動による
国家改造及び軍事国家への道を突き進んだのであります。
また、天皇自らの政治である、
天皇親政を目指したのが、
皇道派の特徴であります。
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