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日本史

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平安時代後期

平治の乱と平氏政権への道

前回、伊勢平氏の発展と保元の乱で、勝った側の武士同士の対立が戦いの原因となりました。では、今回の平治の乱をみていきましょう。平治の乱の背景後白河天皇の譲位と院政の開始保元の乱のあと、1158年(保元3年)に後白河天皇は、二条天皇に譲位し、後...
平安時代後期

伊勢平氏の発展と保元の乱

伊勢平氏の発展桓武平氏と伊勢平氏の関係性平忠常の乱よりあとのこと源氏に立場は取って代わられてしまい桓武平氏一族は散り散りになってしまいました。関東に残った桓武平氏の中には、源氏の家人となるものもいたそうです。平将門の乱で功績があった平貞盛の...
平安時代後期

仏教の衰退と大寺院の僧兵による荘園争奪戦

白河上皇の天下三不如意の中には、山法師というのが入っていました。これは延暦寺の僧兵だといいました。つまり、天台宗の総本山延暦寺でさえ、僧兵を使ってでも、収入をとりもどさなければならないほど、仏教的な権威が衰退していたということです。今回は、...
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平安時代後期

院政の構造~院政を支える仕組み~

院政の構造をこれから書いておきます。摂関政治で栄華を極めた藤原氏から天皇を退いた院(上皇)に権力が集中していく院政。どのような仕組みだったのでしょうか。院政の政庁院政がおこなわれたのは院庁(いんのちょう)です。その政庁ではたらいていた職員を...
幕末

外国人襲撃事件~開国攘夷運動の中で~ヒュースケン斬殺/東禅寺/生麦/イギリス公使館焼き討ち

開国による武士の暮らしハイパーインフレ金の品質が粗悪な万延小判の流通により、小判の価値が下がりました。小判の価値が下がったということは、相対的に物価が上昇していったということになり、急激なインフレーションを日本全体を襲います。当然、このよう...
幕末

居留地貿易とその影響

条約の締結国が外国人に一定地域に限って居住・営業を許可する地域である居留地で行われた貿易を居留地貿易といいます。
平安時代後期

白河上皇の院政の開始

白河天皇時代白河天皇は1072年に即位した後、1086年に位をおります。はじめて院政を執り行いました。(院政についてはのちほど)法勝寺(六勝寺の1つ)白河天皇は仏教に篤く、院政時までに"〇勝寺"を6つ建立します。法勝寺はその1つで、現在の京...
平安時代後期

武士団の結成~武士の台頭と貴族の衰退のはじまり~

前回、の続きです。武士団つわもの(兵)都では、武力で朝廷に仕える人々があらわれました。地方でも、有力農民や地元の公の職に勤める在庁官人と呼ばれる人々のなかに、武装するものもあらわれてきました。こうした人々を兵(つわもの)とよびます。武士団兵...
戦後経済史

日米貿易摩擦~日本経済の国際化(ボーダーレス化)

安倍首相とトランプ大統領の仕事の枠をこえた日米首脳会談が行われようとしています。そこで、今回は日米貿易摩擦についてまとめておきたいと思います。プラザ合意にいたるまでアメリカからの日本への輸出を減らす要求は、実は1960年代からすでにはじまっ...
戦国時代

「紀州みかん」の最古の書物

紀州みかんが最初に文章で登場するのは内大臣・三条西実隆(さんじょうにし さねたか)が記した、『実隆公記』が現在確認できる最古の記録です。明治以降に、温州みかんが広まるまでは、「小蜜柑(こみかん)」と呼ばれ、小さくて、種子が多い品種でした。実...
占領下時代

五大改革指令『経済民主化』~農地改革~

1945年12月9日にGHQによって農地改革指令が出されました。五大改革指令のうちの1つ、経済民主化事業の一環です。参考にしてください。内容は寄生地主制を除去し、安定した自作農経営を創出することでした。これも興味がある人は、ぜひご覧ください...
占領下時代

五大改革指令『経済民主化』

軍国主義の基盤であると考えられたものを総司令部は都市においてはあまりに巨大な財閥が怖かったために財閥解体と農村においては地主の力を恐れて、寄生地主制の廃止、いわゆる農地改革行いました。GHQは日本の内需が小さいために大陸へ推し進めたと考えた...
占領下時代

五大改革指令『女性解放』『婦人解放』

戦後行われた五大改革指令の一環で、女性参政権が認められるようになります。法的には男女平等が成立していきます。しかし、この法改正でも、性別関わらず国民の意識が変わっていないため、この法律だけではあまり地位は向上していきませんでした。女性参政権...
占領下時代

五大改革指令『教育の自由化』

このように男女横並びに座ることができるようになったのも戦後教育からです。今回は五大改革のうちの1つ「教育の自由化」についてお伝えします。https://歴史総合.com/blog/2015/10/01/962教職追放1946年5月、日本政府...
戦国時代

「和泉に『堺公方府』が成立」 足利義維が阿波から上陸

概要1527年3月22日に、阿波国(現在の徳島県)から三好元長(みよしもとなが)が、足利義維(あしかがよしつな)と細川晴元(ほそかわはるもと)を担いで、8000人の兵を引き連れて和泉国(いずみのくに・現在の大阪府南部)堺に上陸した事件。その...
平安時代後期

荘園公領制~1国2制度~

収入源である公領前回の、により、貴族や寺社の所有する荘園と、国司が支配する公領(こうりょう/国衙領/こくがりょう)にわかれました。律令税制の崩壊国家財政は租庸調を基本とする律令税制でやってきていました。班田制が崩壊したために、収入源が減って...
平安時代後期

後三条天皇による「延久の荘園整理令」

藤原道長の子、藤原頼通と藤原教通には子どもができませんでした。そんな中、藤原氏と血縁関係が薄い後三条天皇が即位します。後三条天皇は藤原氏の荘園を減らし、藤原氏の勢力を減らすために、荘園整理令を出します。藤原氏の摂関政治は力を失っていきます。
戦後経済史

「失われた30年」金融・消費不況

バブル崩壊とデフレスパイラルバブル崩壊後、1ドル=79円75銭と超円高が進行していきます。その結果、海外からあまりに安く仕入れすぎた輸入品が国産品に対して価格破壊が起こります。もともと安い中国製品がもっと安い価格で輸入されてしまったことが、...
経済復興から高度成長へ

池田勇人内閣での高度経済成長と所得倍増政策~保守政権の安定~

「寛容と忍耐」をスローガンに掲げた池田勇人は、所得倍増計画を打ち立てます。農業基本法制定で地方から労働者をかき集めたり、太平洋ベルト構想などにより、投資が投資を呼び、所得倍増は達成されました。
経済復興から高度成長へ

岸信介内閣の安保条約の改定と安保闘争と

鳩山由紀夫の祖父、鳩山一郎からバトンを譲り受けたのは、1つ挟んで、安倍晋三の祖父、岸信介でした。記事を書きながら、歴史は同じではないけれど、繰り返すのだなぁと思いつつ。安保闘争がメインの話です。教員の評定や格差拡大は安倍さんのときにも起きま...
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