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日本史

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昭和時代初期

重要産業統制法をわかりやすく解説|カルテル合法化で軽工業から重化学工業へ【昭和恐慌】

1929年(昭和4年・己巳)、アメリカで始まった世界恐慌は瞬く間に世界中へ広がり、日本経済にも重大な打撃を与えました。これがいわゆる昭和恐慌です。日本では、多くの工場が閉鎖し、人々が仕事を失いました。企業は生き残るために無理な値下げ競争を続...
昭和時代初期

三月事件とは?陸軍の秘密結社「桜会」によるクーデター計画をわかりやすく解説

はじめに: 不穏な時代の幕開け世界恐慌の嵐が吹き荒れ、日本の社会も大きく揺れていた1930年代初頭。政治家に対する不信感と経済の混乱が広がるなか、陸軍の一部の人びとの間で「この国を何とか立てなおさなければならない」と考える動きが高まっていき...
昭和時代初期

霧社事件はなぜ起きた?台湾の先住民族セデック族の抵抗と悲劇をわかりやすく解説

「霧社事件」という言葉を知っていますか?これは、1930年(昭和5年・庚午)に日本の統治下だった台湾で発生した、先住民族セデック族による最大の抗日蜂起(こうにちほうき・日本の支配に反対して立ち上がること)です。本記事では、霧社事件がなぜ起き...
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昭和時代初期

ロンドン海軍軍縮条約をわかりやすく解説!全権は誰?「対米英7割」の比率とは?

はじめに:なぜ海軍の軍縮が必要だったのか?1929年(昭和4年・己巳)、アメリカ・ニューヨークで起こった金融危機、いわゆる世界恐慌が全世界に広がりました。日本の経済も激しく落ち込み、国の財政はとても厳しくなります。そこで日本を含む多くの国は...
昭和時代初期

金解禁はなぜ失敗した?浜口雄幸内閣と昭和恐慌の始まりをわかりやすく解説

はじめに:新内閣に託された「経済の立て直し」1929年(昭和4年・己巳)、陸軍の暴走による張作霖爆殺事件の処理をめぐって、田中義一内閣は総辞職に追い込まれます。そのあと首相になったのが、「ライオン宰相」として知られる浜口雄幸(はまぐち おさ...
昭和時代初期

田中義一内閣の政策とは?金融恐慌から積極外交、張作霖爆殺事件までわかりやすく解説

昭和初期、日本は経済危機や国際関係の大きな変化に直面していました。そのなかで生まれたのが田中義一内閣。1927年(昭和2年・丁卯)~1929年(昭和4年・己巳)の約2年の間に、金融恐慌の収束や積極外交、そして張作霖爆殺事件といった、後の日本...
昭和時代初期

パリ不戦条約とは?15カ国の調印から「戦争放棄」の内容、日本の問題点までわかりやすく解説

第一次世界大戦という、世界中を巻き込んだ大きな戦争が終わってから約10年。多くの人々は「もう二度とあんな戦争はあってはならない」と強く願うようになりました。そんな平和への思いから生まれたのが、パリ不戦条約です。この記事では、1928年(昭和...
昭和時代初期

なぜ「満州某重大事件」と呼ばれた?張作霖爆殺事件の真相と関東軍の暴走をわかりやすく解説

昭和初期、日本の新聞に突如として現れた「満州某重大事件」。「某(ぼう)」は「ある」や「なにがしの」といった意味を持ち、事件名をはっきり出せないほどの重大な出来事に対し、あえて使われた表現でした。なぜ、その事件名を隠す必要があったのでしょうか...
昭和時代初期

【わかりやすく解説】三・一五事件(1928年)とは?普通選挙の直後になぜ起きた思想弾圧か

こんにちは!歴史総合ドットコムのライターです。前回は、【1928年】日本初の普通選挙をわかりやすく解説!無産政党の登場と政府の警戒で、日本で初めて実施された男子普通選挙について説明しました。この選挙で、多くの人々が新たに政治に参加し始め、無...
昭和時代初期

【1928年】日本初の普通選挙をわかりやすく解説!無産政党の登場と政府の警戒

1925年(大正14年・乙丑)、加藤高明内閣のもとで「普通選挙法」が成立しました。それまで「一定以上の税金を納めた男性」だけに限られていた選挙権が、満25歳以上すべての男子に与えられることとなったのです(ただし女性や20代前半の男性はまだ選...
昭和時代初期

【3分でわかる】山東出兵とは?田中義一内閣の対支政策綱領までわかりやすく解説

なぜ昭和初期の対中政策は強硬になったのか?昭和初期、日本と中国の関係は大きな変化を迎えていました。日本国内では金融恐慌などの混乱もあり、「中国への対応をもっと強めるべきだ」という声が高まっていました。幣原喜重郎の「協調外交」から田中義一の「...
昭和時代初期

田中義一内閣の金融恐慌収拾-モラトリアム3週間-

金融恐慌の混乱と田中義一内閣の誕生1927年(昭和2年・丁卯)、日本経済は非常に厳しい状況に直面していました。大蔵大臣の発言がきっかけとなり、全国で金融恐慌が起こります。銀行に預金を引き出そうと多くの人が押しかける「取り付け騒ぎ」が広がり、...
昭和時代初期

【金融恐慌とは】大蔵大臣の失言が引き金に!若槻礼次郎内閣が倒れた昭和恐慌の始まりをわかりやすく解説

はじめに第一次世界大戦後の景気も落ち着き、1923年(大正12年)に発生した関東大震災からの復興も思うように進んでいなかった日本。こうした不安定な経済状況の中、第1次若槻礼次郎内閣が誕生します。この内閣の時代に、日本経済そのものを大混乱に落...
大正時代

二十一カ条の要求-なぜ?その意味は?理由を簡単に解説-

サライェヴォ事件をきっかけに始まったのが、第一次世界大戦でした。日本は日英同盟を大義名分に連合国側で参戦しました。今回は日本を中心に第一次世界大戦を見ていきます。中国進出の好機とみた日本日本とドイツの戦い日本は第一次世界大戦を中国に進出する...
戦国武将

斎藤道三、親子の国盗り下剋上物語

「国盗り物語」のかつての通説斎藤道三は、山城国西岡やましろのくににしおかの浪人・松波基宗まつなみもとむねの子で、幼くして京都妙覚寺に入り法蓮坊ほうれんぼうと名乗っていました。やがて、俗世へ還俗して、油商・奈良屋に入婿しました。美濃国へ油の行...
鎌倉時代

「惣領と庶子」~御家人も家に帰れば惣領に~

惣領とは?「一族の所領を惣領そうりょうする」から転じて、一族の本家(宗家)の長を指すようになります。庶子の統括役であり、御家人役を務めました。御家人=惣領御家人は公の場で働いているときは、御家人と呼ばれますが、家に帰ってくると一家の主です。...
明治時代初期

明治時代における交通・運輸の近代化

近代化の一環として、鉄道がはじめて日本に導入されました。イギリスに遅れること約47年のことでありました。鉄道(陸蒸気)鉄道は当時は「金を失う道」とよんで揶揄する人もいました。実際、年間21万円も鉄道事業で当時は儲かったそうです。当時の男性の...
戦国武将

毛利元就、家督をつぐ「元綱事件」大内・尼子の間をめぐり

毛利氏、尼子経久につく毛利氏を始めとする安芸国の国人衆は、1523年6月に大内氏の安芸国の拠点・鏡山城を落とした尼子経久に従っていました。幸松丸の死1523年7月15日に9歳で幸松丸は夭逝しました。毛利元就の家督継承1523年8月10日、毛...
戦国武将

毛利元就の初陣と有田中井手の戦い

有田中井手の戦いの背景武田元繁の独立中国地方の多くの武将は、大内義興おおうちよしおきに従っていました。1515年、武田元繁は、大内義興より独立します。安芸有田城攻略大内義興の配下で、毛利家当主・毛利興元は、武田元繁配下の安芸有田城を奪います...
明治時代初期

地租改正の目的とその理由とその後の影響

土地問題と租税問題様々な分野に、近代化をめざした投資をするためには、多くの経費が必要でした。そのため、政府の国家財政の基礎を固め、財政を安定させることが重要な課題でした。廃藩置県後、租税徴収権は政府の手に集中されましたが、政府の財源である年...
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