ジャーナリズムの黎明:活字技術と黎明期の新聞
日本の近代ジャーナリズムは、技術革新と外来文化の翻訳から始まりました。
- 本木昌造と鉛製活字: 長崎の通詞であった本木が鉛製活字の量産に成功したことで、大量印刷が可能になりました。
- バタビア新聞: 幕府が翻訳・発行した初の西洋新聞。
- 日刊邦字新聞の誕生: 日本初の本格的な日刊新聞は『横浜毎日新聞』。その後、イギリス人のブラックが創刊した『日新真事誌』は、政府批判を掲載するなど日本のジャーナリズムに大きな影響を与えました。
2. 政論の時代:自由民権運動と「政党の代弁者」
明治10年代、新聞は「大新聞(おおしんぶん)」と呼ばれ、政治議論の武器となりました。
- 民撰議院設立建白書: この掲載を機に、新聞は自由民権運動の旗振り役となります。
- 各党の機関紙化:
- 自由党: 『自由新聞』
- 立憲改進党: 前島密らが関わった『郵便報知新聞』
- 立憲帝政党(政府側): 福地源一郎の『東京日日新聞』
- 時事新報の孤高: 福沢諭吉は「不偏不党」を掲げ、『時事新報』を創刊。後に『脱亜論』を掲載し、アジアとの決別と近代化を説きました。
3. 「小新聞」の台頭と娯楽・社会告発
政治を扱う大新聞に対し、庶民向けの「小新聞(こしんぶん)」が人気を博します。
- 瓦版の流れを汲む: 『読売新聞』などが代表格で、ふりがな付きで娯楽や事件を報じました。
- 万朝報と黒岩涙香: 権力者のスキャンダルを暴き、社会の闇を突いた黒岩涙香の『万朝報』。ここには若き日の幸徳秋水や堺利彦も在籍していました。
4. 経済ジャーナリズムと知の集結
- 明六社と『明六雑誌』: 日本の近代啓蒙思想の拠点。
- 経済雑誌の分化: 田口卯吉の『東京経済雑誌』や、リベラルな『東洋経済新報』が誕生。
- 田口卯吉の功績: ギゾーやバックルの影響を受けた『日本開化小史』を著し、文明史観を日本に根付かせました。
5. 戦争の熱狂と、抗った人々(1903年の分岐点)
日清戦争までは比較的「健全」だったジャーナリズムも、日露戦争を機に主戦論へと雪崩を打ちます。
- 朝日新聞の拡大: 大阪朝日新聞と東京朝日新聞が、徹底した現場取材と軍事報道で部数を伸ばし、巨大メディアとなります。
- 徳富蘇峰の国民新聞: かつて『国民之友』で平民主義を唱えた蘇峰も、この頃には政府に近い立場から戦争を煽る存在へ。
- 平民社の抵抗: 多くのメディアが「主戦論」に転じる中、幸徳秋水・堺利彦らは『万朝報』を去り、『平民新聞』を創刊。1903年、真っ向から戦争反対を唱えました。
- 火の柱: 木下尚江による反戦小説。キリスト教的人道主義から国家主義を批判しました。
6. 学問の自由と社会の閉塞
国家主義の強まりは、知識人への弾圧や排斥を招きます。
- 久米邦武事件: 『米欧回覧実記』の著者でもある久米邦武が、論文「神道は祭天の古俗」を掲載したことで神道家の怒りを買い、帝国大学の教授を辞める事態に追い込まれました。
- 時代閉塞の現状: 石川啄木が感じた、ナショナリズムに覆い尽くされた社会の息苦しさ。それはジャーナリズムが国家の翼賛機関へと変質していく過程への予言でもありました。
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