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清王朝の衰退

アヘン戦争-中国とイギリスの戦争-

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所変わって、
中国とイギリスの話です。

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イギリスの判断

イギリスにとっては、
英領インド植民地において、
アヘンからの収益金が
その歳入の1/6を占めていた。

インド農民にも
イギリス製綿製品に対する
購買力を与えるため、
インドの農民にとっても、
アヘンは重要な収入源だった。

アヘンは既に
イギリスの貿易体制で
必要不可欠だった。

1834年には、
東インド会社の
中国貿易独占権が廃止され、
中国に対する
貿易自由化の
要求が高まった。

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イギリス議会の対応

そこで、
ロンドンのイギリス議会では、

  • 清が奪ったアヘンの賠償金をとれっ!派
  • 清を攻撃するのは反対だ。アヘンは人間を蝕む派

の2派に分かれて、
議論を行い多数決を行った。

議決の結果、
イギリスの中国攻め賛成派が271票
イギリスの中国攻め反対派が262票で、

イギリスはたった9票差の投票で、
阿片戦争(アヘン戦争)が開幕した。

「不正義の戦争」

戦争大好きな
イギリス人の中でも
戦争に反対する人は
決して少数派ではなかった。

アヘン戦争は
「自由貿易の実現」という
大義名分を掲げて実施されたが、
その結果、
アヘンという麻薬販売による
巨大な利益を失う訳には
いかないという実利で
始められた戦争だ。

こうした
世界史史上にもまれな
「不正義の戦争」に対して、
イギリス国内でも
強い反対論があり、
後年の自由党党首
グラッドストンなどは、
議会で
激しい開戦反対演説を行った。

しかし、
外務大臣のパーマストンをはじめとする
主戦論者は、
市場拡大を求める産業資本家や
大商人の支持を背景に、
開戦を断行したのである。

パーマストンは、
のちのアロー号事件で、
首相の地位にあった人物で、
この時も戦争反対を議決した、
下院を解散して、
開戦を断行した人物である。

下院で戦争反対を唱えた人物として
政治家には穀物法廃止で有名な
自由貿易論者コブデンがいた。

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アヘン戦争(1840年)の内容

イギリス軍は中国に軍隊を派遣することを決意。

イギリスは
これを機会に
武力によって
自由貿易そのものを
実現しようとした。

1840年、
イギリスは中国に遠征軍を派遣して、
アヘン戦争が始まりました。

歴史的に陸軍が強い中国軍と、
海戦が強いイギリス軍。

中国軍は広州に
水勇軍という陸軍を用意していた。

しかし、
イギリス軍は
マカオの近くの虎門には立ち寄ったものの、
広州は内陸のためスルーした。

1840年6月~1840年11月

その後、

  • 厦門
  • 寧波
  • 天津

へと軍を進めた。

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道光帝の対応

清の皇帝・道光帝は
軍事力を広州に任せていた。

イギリスの広州を避けて、
首都・北京へ直行というのは、
中国の予想外の行動だった。

戦争は近代的兵器を持つイギリス軍が圧倒的有利で、
道光帝は、欽差大臣・林則徐を罷免した。

外交交渉で停戦の余地があるのでは?
と、愚昧な道光帝は考えた。

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アヘン戦争の終了と南京条約

この結果、
1842年に
南京条約が締結。

アヘン戦争は終結した。

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三元里事件

1841年、
広州郊外の三元里において、
イギリス兵の暴行に
憤激した民衆が
平英団という武装自衛団を組織。

中国の民衆が、
イギリス軍を
攻撃するという事件が起きた。

これは
中国民衆の
民族主義的な
意識の芽生えで、
中国の民族主義的な排外・抵抗運動の
スタートになりました。

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次回予告

南京条約について詳しく見ましょう。

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