PR

表史

スポンサーリンク
低成長時代

天才!?福田赳夫内閣(1976年-1978年)は何をした?

前任の三木おろしのあおりを受けて、福田赳夫内閣が成立します。政治ユニット・三角大福中の三から福へと時代は変わっていきました。福田赳夫内閣の特徴福田赳夫内閣は右傾化が特徴です。タカ派政権として知られています。タカ派というのは軍事色豊かな政権の...
軍国主義の時代

二・二六事件はいつ?どこの場所で?なぜ起こった?殺された人は?をわかりやすく

若者の軍人の間では、軍部の統制派(主にベテラン勢)への不満東北地方の凶作を放置などの政治への不信と不満などなど、恨みが塵も積もれば山となるで、起こった事件と言えるでありましょう。やはり、人に恨まれるようなことをしたおりましたら、小さいうちに...
軍国主義の時代

天皇機関説問題-菊池武夫vs美濃部達吉~国は天皇のモノ?天皇は国のモノ?~

岡田啓介内閣の時に、忘れてはならない天皇機関説問題も勃発します。天皇機関説とは?明治時代から憲法学者の美濃部達吉らが唱えていた、天皇をひとつの大きな歯車として、大日本帝国が動いているという説。日本のガンジーこと美濃部達吉国の統治権は国家その...
スポンサーリンク
奈良時代

光仁天皇の治世-光仁天皇は何をした?藤原百川の策略は?-

光仁天皇の治世を見ていきましょう。光仁天皇の即位770年、称徳天皇(女帝)の崩御した後、藤原四子の藤原宇合の系統である藤原式家の藤原百川ふじわらのももかわらの策略によって、天武天皇系の皇統に代わって、天智天皇の孫である天智天皇系の白壁王しら...
軍国主義の時代

相沢中佐事件-皇道派・相沢三郎が統制派・永田鉄山を刺殺暗殺した事件-

大日本帝国陸軍は、統制派と皇道派で内部抗争の最中でありました。大日本帝国陸軍の統制派と皇道派の内部抗争-そんな抗争中の最中事件が起きるのであります。皇道派・真崎甚三郎の教育総監更迭1935年、皇道派の真崎甚三郎が教育総監を更迭されるという事...
軍国主義の時代

大日本帝国陸軍の統制派と皇道派の内部抗争-

大日本帝国陸軍の2つの派閥帝国陸軍内部では、統制派とうせいは皇道派こうどうはの内部抗争が激化していたのであります。ちなみに、大日本帝国陸軍は長州閥が中心に率いているのでありました。統制派永田鉄山ながたてつざん(1884年~1935年)が中心...
明治時代中期

井上馨の明治外交(1882-1887)-鹿鳴館時代とノルマントン号事件-

井上馨ははじめは、外務卿でしたが、のちの内閣制度が導入されてからは、日本で初めての外務大臣となりました。関税自主権の喪失と、領事裁判権の撤廃に向けて、挑んでいくことになります。主義:極端な欧米化政策井上馨は条約改正に向けて、欧米列強と有利に...
明治時代初期

寺島宗則の外交(1878年)-吉田・エバーツ条約-

さて、岩倉具視によって、岩倉外交が行われましたが、あとを引き継いだのが、寺島宗則てらしまむねのりでした。関税自主権の回復を目的として、欧米列強との交渉を進めました。吉田・エバーツ条約1878年、アメリカ・イギリス・ドイツと、吉田・エバーツ条...
暗黒の失われた40年

菅義偉内閣-通信費引き下げとデジタル庁の設置、不妊治療など-

「鉄は熱いうちに打て」という言葉があるので、記憶があるうちに最新の内閣だった菅義偉内閣についてまとめていきます。菅さんは趣味「安倍晋三」なので、第二次安倍内閣からまとめたほうがいいのでしょうが。第二次安倍内閣は期間が長かったので、精査に時間...
ヨーロッパの再編

クリミア戦争の原因-聖地イェルサレムを巡るロシアとフランス&トルコの戦い-

今更ですが、21世紀のクリミア戦争が勃発していますね。という訳で、クリミア戦争についても見ていかないといけません。クリミア戦争の原因である、聖地イェルサレム管理問題についても見ていきましょう。聖地イェルサレム管理問題キリスト教やイスラム教、...
弥生時代

弥生時代の日本と中国との国際関係

この原始時代の日本の様子を知るためには、言葉として記録に残されていないため、中国の歴史書を見る必要性があります。しかし、その歴史書も私的改ざんがだいぶされているため、信憑性が少し薄いのも事実で、その文字からどういった状況だったのか、推測する...
飛鳥時代

飛鳥時代の身分制度

飛鳥時代の身分制度についてとても気になっているので、まとめ直しています。身分制度人々は国家によって、良民りょうみんと賤民せんみんにわけられた。良民公民(一般農民)と皇族貴族の支配階級、公民よりも一段低い品部と雑戸がある。品部・雑戸品部(しな...
飛鳥時代

飛鳥時代の土地制度

最近、日本の奴隷制度について興味があるので、まとめ直しています。土地制度班田収授法唐の均田法にならって導入。口分田すべての既墾地は口分田として班給された。男女や良賤によって分別された。口分田の収授は「6年1班」と呼ばれるような班年を作って戸...
清王朝の衰退

アヘン戦争の原因-紅茶の台頭と三角貿易とアヘン取締と東洋蔑視-

昔は完全にイギリス派でした。イギリスはおしゃれで紳士的な国だと思っていました。しかし、EU離脱以降、イギリスは分裂のおそれもあり、もうイギリスの役目は終わるのかなぁという思いです。これからはリーダーの国というものは無くなって、アメリカもロシ...
暗黒の失われた40年

第一次安倍晋三内閣-国民投票法・防衛省・教育基本法の改正など-

2022年9月27日(和暦:令和4年9月27日)は、安倍晋三の国葬儀の日でしたね。呼び捨てで失礼しますが、基本、このブログは政治家には敬称はつけませんので、ご了解いただきますようお願いします。まだ、第二次安倍内閣に関しては、当方データを持っ...
徳川家康

徳川家康の性格-姓名判断と数秘術と算命学をかじった性格推定-

今まで需要のない記事を、たくさん生産してきたようなので、これからは需要のある記事に方向転換して、徳川家康の性格診断を行ってみます。算命学に基づく徳川家康の性格徳川家康の生年月日は、1543年1月31日です。徳川家康は辰巳天中殺ということにな...
徳川家康

松平氏、徳川氏へ改姓

1566年12月29日、松平元康は、徳川元康へ改称します。織田氏も松平氏も平家の名字。松「平」だと平家なのまるわかりだったということもあります。
徳川家康

清洲同盟締結-天下統一へ向けて織田信長と徳川家康(松平元康)の関係は強固に

さてさて、大河ドラマで需要がありそうな、清洲同盟の記事も書いていきますよ。きっと戦国時代が舞台になる度にアクセスが稼げる記事になるでしょう。桶狭間の戦いの復習1560年5月19日、今川義元が織田信長に倒されて討死します。桶狭間の戦い-今川家...
低成長時代

三木武夫内閣-「クリーン三木」経済は低成長から安定成長へ!!-

さて、あまりこのブログは基本的には、右翼にも左翼にもなびかず中翼的に書くことを心が聴けていますが、やはり、同県出身の総理には多少、偏って書いてしまいます。自民党の政治家ユニット「三角大福中」の「三」担当の、三木武夫について書いていきますよ。...
軍国主義の時代

第1次ノモンハン事件

1939年5月11日ハルハ河東岸の外蒙古と満州の国境未確定地区でソ連・モンゴル軍と日本・満州軍が衝突しました。関東軍第23師団は即座に出動を準備しました。23師団長の小松原道太郎中将は、1939年4月下旬から示された「満ソ国境紛争処理要綱」...
スポンサーリンク