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世界分割と列強対立

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世界分割と列強対立

青年トルコ人革命とアブデュルハミト2世の退位と第二次立憲政治とボスニア・ヘルツェゴビナ割譲

今現在、トルコで大統領選挙が行われていますね。若者が鍵になっているということで、青年トルコ人革命も見ていきましょう。青年トルコ人革命1908年、オスマン帝国の政治結社「青年トルコ人」と青年将校であるエンヴァル=パシャらとともに起こしたのが青...
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エチオピア戦争とイタリア=トルコ戦争~イタリアのアフリカ適当進出~

イタリアのアフリカ植民地イタリアは1880年代に、スエズ運河以来、戦略的重要性が増していたエリトリアとソマリランドを獲得しました。エチオピア戦争エリトリアやソマリランドの獲得に乗じて、その間に位置するエチオピアも征服し、エリトリアとソマリラ...
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ドイツ植民地帝国とドイツによる二度にわたるモロッコ事件

ドイツはイギリス・フランスの接近に不安を感じていきます。。。ドイツのアフリカ植民地1884年に開かれたベルリン会議以降、カメルーン、東アフリカ(タンガニーカ)、西南アフリカ(ナミビア)、トーゴランドの領有権を獲得しました。ドイツの植民地での...
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ファショダ事件と英仏協商-その結果は?場所は?わかりやすく解説-

ファショダ事件はアフリカ大陸植民地化を競うイギリスの大陸縦断政策とフランスの大陸横断政策がスーダンのファショダで衝突した事件です。この事件を契機にいったん英仏関係は緊張が走りますが、やがて接近し、英仏協商が結ばれます。
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イギリスのアフリカ侵略~どんどん食われるアフリカの土地~

19世紀以降、アフリカはどんどん欧米各国に植民地されていきます…イギリスやフランスやポルトガル、ドイツやイタリアなどの各国に分割されていきました。今回はイギリスのアフリカ侵略についてみていきます。イギリスの侵略エジプトイギリスは1880年代...
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ビスマルク仲裁の「ベルリン会議」~アフリカ分割に向けて~

今なお、アフリカでは紛争が絶えませんが、それはかつてのヨーロッパの列強が、自分たちのルールで現地の人達のことを考えず、分割したからです。今回はその最初の踏み出しについて話します。アフリカ探検とアフリカへの注目「暗黒大陸」ヨーロッパによる分割...
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