中国地方の覇者とも呼ばれ、
謀将であり、尼子経久は出雲国を中心に十一カ国の太守と未来では言われることになった。
そんな中で、
1515年
出雲国の大領主
尼子経久は、
「妙法蓮華経」を出版し、
領内の寺社に寄贈しました。
尼子経久による、
開板法華経は
一般に「尼子板」といわれます。
全8巻で全8軸で構成されていました。
当初は2000部の印刷を目指していた様子です。
尼子経久は出雲国に長期滞在した
五山僧の惟高妙安と密接的な交流をもつなど、尼子家は禅宗とも繋がりがありました。
また出雲国の居城の月山富田城の
南裾には明星客院の僧を祈祷師としてあおぎ、杵築大社の造営事業などを通じて、両部習合、神仏合一化をも企図したもので、法華経信仰にも熱心でした。
こののち、尼子経久は、
1522年と1530年に、
1万部の法華経読誦会を杵築大社で挙行して、
1537年には月山富田城中における法華経一千部読誦会を発願した。
現存する「尼子版」の断片は、
のちに印刷されたものと言われています。

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