阿波国の中心地
戦国時代末期の中心地=勝瑞
三好 長慶の居城。
旧の吉野川に近い場所にあった。
三好長慶が京都・堺にも三好家の勢力を
伸ばしていたことから
川や海で堺とつながっていたことが解る。
豊臣秀吉の四国征伐のあと、
阿波一国を任された蜂須賀氏は最初の居城・一宮城のあと、吉野川河口部の徳島へ移る。
城下町の機能
城下町の中心は「城」である。
城の役割
戦争時
「要塞」堀は防衛のために。
平時
「政治・支配」の拠点。
領国支配
市場を掌握し、経済の活性化必要。
→経済の活性化には、商品流通の円滑化が必要。
→堀は水路になる。
徳島城下
城下町=武士の町=町人の町
阿波の町は阿波の地形に左右されて、川が戦時には堀として、平時には水路として機能。
大坂では
町人が出資して、堀を建設。
(今の道頓堀)
日本の中での徳島
北東は近畿地方へ、北は瀬戸内地方から九州北陸へ、南東は紀伊半島から関東・江戸へ。
→全国に繋がりやすい位置。
江戸時代で裕福になる方法。
農書
裕福な農家になるには、
近くに市場があれば良い。
→商品生産と販売が農家を豊かにする。
経済的繁栄条件
- 良い製品を生産できる。
- 市場へのアクセスが良い。
↓
各藩の経済的繁栄条件につながる。
商品作物
藍…中世から近畿地方へ移出。(「兵庫北関入船納帳」など)
木材…山間部の杉・檜材はかなり良質として有名。木頭杉など。
塩…鳴門の斎田塩など
砂糖…阿波和三盆糖は今でもブランド
たばこ…最近まで生産していた。
阿波商人の活躍
享保年間の藍商人の活躍
江戸での藍玉販売は、江戸時代初期より江戸の商人を通じて行う決まりだった。しかし、18世紀初頭(1700年代頭)より、阿波出身者が販売を始めた。それにより江戸商人に藍玉が流通しなくなった。1731年に江戸商人がたまらず幕府に訴えた。(「藍玉一条江戸問屋共願出覚書」より)江戸商人による幕府に対する規制強化の訴えに対して、幕府は、徳島藩に対策を委ねた。徳島藩の提案により、結局、江戸の仲買商人に阿波出身の商人も入れることで決着。
江戸市場に進出する阿波商人
当時、限られた土地しかない狭い江戸で持ち家を持っているのは、5%未満しか居なかった。江戸時代には、持ち家を所有できることは裕福な商人であることを証明した。
江戸の市中に家を持っている商人は16人もおり、江戸近郊には20人も居た。藍の商品価値の高さで阿波の藍商人が江戸で裕福になれた。
鳴門の廻船問屋・山西家
江戸時代末期から明治にかけて活躍した
鳴門の廻船問屋山西家は19世紀後半から鳴門を拠点に経営。
徳島からは江戸や大坂に塩や藍を売り出し、
江戸・大坂からは阿波国内へ肥料や米などを積み帰って、阿波国内で売りさばいた。
つまり、平地が少ないのにために田畑が少なかったが、藍を販売することで米を代わりに輸入することで全国10番目の人口の食料供給を満たし、吉野川でも足りない肥料を補い、さらなる藍の生産に励んだのである。
流通展開
全国に阿波の商品を売り出し、阿波に必要な商品を買い入れる。阿波の商品生産にとって重要な流通をになっていた。阿波国内もさらに結んでおり、阿波国内と全国を結んだ。
山西家が建立した寺と天井画
北陸が最も多い。大坂よりも江戸が多い。地域的には茨城から長崎あたりまで、全国に広がっていた。
江戸時代の徳島の経済力
江戸時代の経済は、水運によって流通していた。徳島には良好な港があった。鳴門もその1つ。紀伊水道から太平洋を通じて東日本の太平洋側、瀬戸内海から瀬戸内地域、九州、山陰北陸へとつながっている地理的条件のため、全国市場につながりやすい好立地にあった。
「繁栄の地」番付
徳島の経済力は全国的にもかなり上位で、江戸時代後期の徳島は、全国「繁栄の地」番付でも「西の前頭」。番付は横綱、大関、関脇、小結、前頭の順なのでお分かりいただけるだろう。
まとめ
阿波国では江戸時代初期から商品生産が盛ん。全国に向け良い商品を売り出せる。良い商品生産のためには、肥料が大量に要り、土地に合わない人口のため、食糧米が大量に必要だった。そのため、全国から買い入れる必要があった。その結果、前述の流通に阿波商人が活躍し、徳島の地が繁栄した。
参考
徳島大学総合科学部 桑原恵
阿波商人の活躍と江戸時代の経済
コメント
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