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建立

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奈良時代

仏教文化大好きな聖武天皇の逃亡遷都の日々と「愛しい」政治-

初期の政治大宝律令や長屋王と藤原四子を参考にしてください。藤原四子の死後の政治藤原四子は天然痘でこの世を去ったあと、皇族出身の橘諸兄(たちばなのもろえ)が政権の実権を握り、唐から帰国した吉備真備(きびのまきび)と玄昉(げんぼう)を登用した。...
飛鳥時代

「白鳳文化」特徴・何時代?天皇は誰?仏像の特徴は?なんの影響を受けた?

7世紀後半から8世紀初頭にかけて、天武天皇・持統天皇のやる気にあふれる政治さながら、文化も初唐文化などの外国の影響を受けた活気ある清新な文化。神道と仏教これらの整備・統制により、朝廷は国家の精神的支柱を確立した神祇制度神祇制度は、じんぎせい...
徳島

阿波商人と江戸時代

阿波国の中心地戦国時代末期の中心地=勝瑞しょうずい三好 長慶みよし(ながよし/ちょうけい)の居城。旧の吉野川に近い場所にあった。三好長慶が京都・堺にも三好家の勢力を伸ばしていたことから川や海で堺とつながっていたことが解る。豊臣秀吉の四国征伐...
飛鳥時代

天武天皇の時代

天武天皇の時代(673年~686年)皇親政治大海人皇子(おおあまのみこ)は672年に飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらぐう)に遷都し、天武天皇(てんむてんのう)となる。大臣をおかず、皇后(天智天皇皇女の鸕野皇女(うのー)⇒持統天皇(じとうてんの...
飛鳥時代

律令時代の阿波国

日本の情勢7世紀末の飛鳥浄御原令(あすかきよみはられい)と701年の大宝律令により律令国家が成立。阿波国の成立粟国と長国「阿波国」には、昔、北の方面を中心とする「粟国」(あわのくに)と、南の方面をさす「長国」(ながのくに)の二カ国からなって...
飛鳥時代

飛鳥文化の寺

飛鳥文化アタックとは、朝鮮半島経由で受容した中国の南北朝時代(六朝文化)の影響を受けた日本最初の仏教文化。渡来人が指導。今回は建築部門だけを見ていく。飛鳥文化の中心地飛鳥文化の中心地は2つあり、斑鳩(いかるが)と飛鳥である。飛鳥の読み方は今...
宋の中央集権化

耶律阿保機の遼(大契丹国)建国から滅亡と西遼まで

遼の成立北アジアに強大な勢力をふるっていたトゥルク系のウイグルは、840年にイェニセ川上流のキルギスにより崩壊して、西遷します。これは北アジアの民族交替を意味します。ウイグル人からキルギス人へと変わっていきました。この間に現れたのがモンゴル...
平安時代初期

弘仁・貞観文化~密教編~

平安時代初期の約100年間の弘仁・貞観文化の時に、密教が隆盛を極める。弘仁・貞観文化とは?弘仁・貞観文化は晩唐の影響を受けた神秘的で暗いイメージ。894年の遣唐使廃止まで。密教桓武天皇の立場桓武天皇は仏教が政治に深く関わることを嫌がり、今ま...
魏晋南北朝

中国での仏教の受容

4世紀初めに西域の亀茲国から仏図澄(ぶっとちょう・ブトチンガ)が洛陽に来て、布教を行い仏寺約900所を建立し、門下生は1万人に及んだ。5世紀初めに父がインド人で亀茲国出身の僧・鳩摩羅什(くまらじゅう・クマーラジーヴァ)が長安に迎えられて、法...
古代インド・東南アジア

火山と神々の島:古代ジャワ王国の興亡史

インドネシアの政治・経済の中心地であるジャワ島。この島は古くから肥沃な大地を背景に、スンダ人とジャワ人という異なる民族が共生し、インド文化の影響を強く受けた独自の王朝文化を花開かせてきました。1. ジャワ島の地理的特徴ジャワ島は大きく3つの...
古代インド・東南アジア

消滅した民族「ピュー人」

1世紀頃、イラワディ川(エーヤワディー川)中流域にはチベット=ミャンマー語族のピュー人(驃人/ひょうじん)(テュルチュルと自称)が都市国家を作っており、南部にはモン人が住んでいた。ピュー人ピュー人はエーヤワディー川周辺のプローム地方を中心に...
古代インド・東南アジア

古代カンボジア-港市・扶南・真臘・アンコール朝・チャンパー-

港市の成立起源前後からインドの東南アジアなどへの進出が活発になった。理由はカースト制の排除を目指す仏教布教などがある。インド人の海洋進出者は地中海世界の人間が買ってくれる黄金、香料、樹脂などを求めて、東南アジアへやって来た。こうして東南アジ...
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