以前、お伝えした明治初期の征韓論で敗れた
士族たちは武力ではなく言論で国を変えようとしはじめました。
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今回はその続きです。
自由民権運動の進展
1877年、立志社から政府に対して建白書が出されました。
この建白書を立志社建白と言います。当時の立志社の代表者は畑岡健吉です。
建白書とは・・・

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「白」の意味
白には英語のホワイトの意味のほかに、
告白や自白、白状や独白などの例から
「告げる」や「申す」の意味があります。
つまり、建白書とは「建てるを申す書」ということ。
抗議したいことがあったということです。
つまり、今で言うところの「上申書」のことですね。
白旗も相手に何かを告げたいから上げたのかもしれませんね。
自由民権運動の3つの目標
自由民権運動に目標が、この立志社建白によって定まります。
- 国会開設
- 地租軽減
- 条約改正
の3つに絞った運動として展開して始めました。
国会期成同盟
愛国社は1880年、第4回大会で名前を国会期成同盟を開設します。国会作れやゴルァってことです。つまり、自由民権運動はむしろ国会開設請願運動として進んでいきます。
それに対して、政府はまだまだ抑えにかかりました。時間稼ぎがしたかったのです。国会期成同盟に対し、政府は1880年、集会条例を制定し弾圧します。






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