ブレトンウッズ体制の栄光と崩壊(ドル危機)
第二次世界大戦後、世界の経済秩序はブレトンウッズ体制によって支えられていました。これは、世界最大の金保有量(当時の世界の3分の2)を誇るアメリカのドルを世界通貨(基軸通貨)とし、「金1オンス=35ドル」で交換を保証する仕組みです。大恐慌期のニューディール改革の流れを汲み、各国は為替レートを安定させながら、国内の雇用の安定や景気コントロールを行う管理通貨制をとっていました。
しかし、1960年代末になるとこの体制に陰りが見え始めます。アメリカが泥沼のベトナム戦争に介入したことで戦費が増大し、アメリカ国内はインフレに見舞われ、ドル価値の下落が始まりました。
一方で、ヨーロッパ経済共同体(EEC)や日本が戦後復興を遂げて経済力をつけると、アメリカの貿易黒字は減少。ついに1971年、アメリカは1=1世紀ぶり(約100年ぶり)の貿易赤字へと転落します。これにより、アメリカから大量の金が流出することとなり、ドルの信用が失墜するドル危機が発生しました。
これに対抗し、当時のニクソン政権はドルの金兌換(だかん)停止と輸入課徴金の導入を発表(ドル=ショック)。これをきっかけに、固定相場制は崩壊し、主要国は変動相場制へと移行していくことになります。
石油危機(オイルショック)の到来と資源ナショナリズム
ドル=ショックに揺れる世界経済に、さらなる追い打ちをかけたのが第一次石油危機(第1次石油ショック)です。
1973年、エジプト・シリアとイスラエルの間で第4次中東戦争が勃発。これに伴い、石油輸出国機構(OPEC)やアラブ石油輸出国機構(OAPEC)は、イスラエルを支援する西側諸国に対して原油輸出禁輸を打ち出し、原油の価格を大幅に引き上げました。
バックボーンにあったのは、自国の資源は自国で管理するという資源ナショナリズムの台頭です。これまでメジャー(国際石油資本)に握られていた石油資源に対する主権を、産油国が自らの手に取り戻した瞬間でした。
それまで安価な原油を大量に消費することで、石油化学や自動車産業を発展させてきた先進国の経済は、このエネルギー価格の高騰によって大打撃を受けることになります。
日本の対応と世界経済の再編(サミットの始まり)
ドル=ショックと石油危機のダブルパンチにより、戦後の高度経済成長は終わりを告げ、世界は低成長期へと突入します。
日本も激しい不景気に襲われましたが、他国に先駆けて省エネ化や徹底した生産コストの削減を進めました。さらに輸出促進を図ることで、比較的早く不況から脱出することに成功します。しかし、この日本の一人勝ちのような輸出攻勢は、欧米諸国との間に激しい貿易摩擦を生む原因ともなりました。
こうした国際経済の危機に対応するため、1975年にフランスの呼びかけで第1回先進国首脳会議(サミット)が開催されます。 ここには歴史の教訓がありました。1930年代の長期不況の際、先進国は自国の経済を守るために植民地を囲い込むブロック経済へと走り、これが第二次世界大戦の引き金となりました。その反省から、1970年代の危機においては、互いに門戸を閉ざすのではなく、国際協調主義によって乗り切ろうとしたのです。
スタグフレーションと「福祉国家」の限界
1970年代、先進各国は貿易の拡大によって国際経済への依存の深まりを見せていました。その一方で、発展途上国の中には安い労働力を武器に外国企業を誘致し、急速に工業化を遂げる地域が現れます。これらは新興工業経済地域(NIES)と呼ばれ、国際競争の構図を塗り替え始めました。
先進国側では、それまで景気を維持するために公共投資や社会保障費を増やし、国民の生活を守る福祉国家(大きな政府)のモデルが定着していました。しかし、不況下でも景気を刺激するために財政出動を続けた結果、巨額の財政赤字と激しいインフレーションが同時に発生。
スタグフレーション(Stagflation)
景気後退(Stagnation)とインフレーション(Inflation)が同時に進行する現象。従来のケインズ経済学的な手法(財政出動)では解決できない、深刻な経済の病となりました。
新自由主義の台頭とグローバリゼーション
スタグフレーションを打破するため、1980年代になると主要国で政権交代が起こり、経済方針が180度転換します。これが「小さな政府」を目指す新自由主義の台頭です。
| 国 | 指導者・政権 | 主な政策・特徴 |
| アメリカ | レーガン政権(1981年〜) | レーガノミクスを掲げ、民間経済の再生、規制緩和、減税を重視。 |
| イギリス | サッチャー(保守党政権) | 「サッチャリズム」による徹底した市場原理の導入、労組抑制。 |
| 西ドイツ | コール(中道保守連立政権) | 財政再建と市場の活性化を推進。 |
| 日本 | 中曽根康弘(自民党政権) | 規制緩和を進め、国鉄や電電公社など国営企業の民営化を断行。 |
これらの政権は、国家による経済介入を減らし、市場の自由な競争にすべてを委ねることで経済の活性化を図りました。
そして1990年代に入り、冷戦終結後の世界は、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて瞬時に移動するグローバリゼーションの時代へと完全に突入していくことになります。
💡 この記事のポイント
この記事は、「なぜ戦後の安定した経済(ブレトンウッズ)が壊れ、私たちが生きる今の自由競争社会(グローバリゼーション)になったのか」という因果関係を一本のストーリーとして繋げています。
特に、アメリカの赤字(ベトナム戦争) → ドルショック → 中東戦争と結びついた石油ショック → スタグフレーション → 新自由主義(小さな政府)への転換、という流れを意識して執筆すると、非常に説得力のある記事になります。

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