飛鳥時代遣唐使・遣渤海使と新羅 遣唐使唐の建国唐の建国を参照。遣唐使の変遷最初の遣唐使日本からの遣唐使(けんとうし)は、630年(舒明2年)の犬上御田鍬(いぬがみのみたすき)の派遣に始まる。犬上御田鍬は614年の第四次遣隋使でもあった。遣唐使の再開遣唐使は702年(大宝二... 2020.06.09奈良時代飛鳥時代
奈良時代元明天皇と平城京遷都 元明天皇は女帝で平城京遷都時、在位していた天皇。藤原京最後の天皇でもある。(在位707~715)元明天皇の即位天智天皇の娘であり、かつ持統天皇の妹であり、草壁皇子の妻であり、文武天皇の母であった元明天皇(げんめいてんのう)が藤原京で即位。元... 2020.05.23奈良時代
飛鳥時代聖徳太子(厩戸王)と遣隋使の派遣-手紙の内容は?小野妹子は?- 倭の五王の遣使が跡絶えた以降中国との交流が絶え、冊封体制から抜けだしていたが、隋に拠る中国統一の結果、倭は対新羅関係を打破しようとした。『隋書』東夷伝倭国条まとめたのは唐の魏徴。遣隋使600年、第一次遣隋使 開皇二十年、倭王あり、姓は阿毎(... 2022.08.20飛鳥時代
隋・唐時代の繁栄唐の社会~西域商人の活躍と市場独占と貧富の拡大~ 市市は唐代に城郭内の一区画に設けられた商業交易のための地域。長安の東市・西市が有名。市舶司市舶司(しはくし)は玄宗時代に広州に初めて設置された海上貿易管理機関のことである。その機関はその後、泉州、上海などの貿易港に置かれ、官民貿易や渉外、徴... 2014.10.22隋・唐時代の繁栄
平安時代初期弘仁・貞観文化~密教編~ 平安時代初期の約100年間の弘仁・貞観文化の時に、密教が隆盛を極める。弘仁・貞観文化とは?弘仁・貞観文化は晩唐の影響を受けた神秘的で暗いイメージ。894年の遣唐使廃止まで。密教桓武天皇の立場桓武天皇は仏教が政治に深く関わることを嫌がり、今ま... 2020.04.10平安時代平安時代初期
隋・唐時代の繁栄吐蕃-強大なチベットの国–新しい文字や仏教を独自に- 吐蕃の建国吐蕃は7世紀にチベットで、ソンツェン・ガンポが建国した国。都はラサで、ポタラ宮殿というチベット仏教と政治の中心となる施設が17世紀に建てられた。吐蕃は強大な山国で、唐に恐怖を与えた。ヴァルダナ朝へ王玄策おうげんさくを使者に出し、友... 2020.07.26隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄唐の文学 唐の時代は盛んに唐詩が作られる。初唐六朝時代を受け継いで、優雅なな作品が好まれた。文章形式は四六駢儷体が尊重されたが自由な形式も見られるようになった。盛唐詩仙と称される天才・李白(りはく)や詩聖と称される秀才・杜甫(とほ)が代表的である。2... 2020.04.10隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄唐の衰退と滅亡 安史の乱とその後の混乱節度使の反抗安史の乱に際して、唐朝は藩鎮(はんちん)をくまなく配置して、各地域の防衛の任に就かせた。長安陥落により門閥貴族は没落。門閥貴族は官人営業田という名目で広大な私有地を持っていたが、武官の節度使は計算が苦手だっ... 2014.05.29隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄安史の乱~玄宗と楊貴妃一族による政治の末路~ 玄宗の晩年~楊貴妃溺愛と楊一族の優遇~天宝年間になると玄宗は政治に飽き、お気に入りの寵臣ばかり起用し、玄宗の息子の妃の絶世の美女・楊貴妃ようきひ(体重約70kg)を後宮に迎え溺愛し、政務を怠り、楊一族を要職につけた。李林甫の政治この頃、政治... 2014.05.26隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄唐の建国と貞観の治 唐の建国李淵(りえん)とは?太原留守の任にあった隋末の混乱の中、各地の反乱を抑えて、中国を再統一したのは李淵(りえん)・李世民(りせいみん)親子であった。関中を占領すると、李淵(高祖)が唐を建国し、都を長安に定めた。人口は100万人を超え、... 2020.05.23隋・唐時代の繁栄
魏晋南北朝中国での仏教の受容 4世紀初めに西域の亀茲国から仏図澄(ぶっとちょう・ブトチンガ)が洛陽に来て、布教を行い仏寺約900所を建立し、門下生は1万人に及んだ。5世紀初めに父がインド人で亀茲国出身の僧・鳩摩羅什(くまらじゅう・クマーラジーヴァ)が長安に迎えられて、法... 2020.04.10魏晋南北朝
魏晋南北朝北朝の北魏~北魏から隋にいたるまで 北魏道武帝(在位388年~409年)前秦が淝水ひすいの戦い(383年)で敗北したことをきっかけに、配下の諸部族が次々と独立しました。このときに鮮卑族の拓跋部たくばつぶ・拓跋珪たくばつ けいは、代王に即位して、ついで魏王となりました。三国時代... 2020.06.11魏晋南北朝
魏晋南北朝西晋の成立から八王の乱による短命での滅亡と東晋としての復興 魏の帝室は一族間の争いで勢力を失う。かわりに勢力をつけたのは、司馬氏だった。曹氏vs司馬氏曹芳vs司馬懿第3代曹芳(そうほう)の時代になると、司馬懿(しばい)が権力を強め、曹氏一族を追い詰め始める。曹髦vs司馬昭第4代曹髦(そうぼう)は司馬... 2020.07.25魏晋南北朝
古代中国文明後漢(赤眉の乱から黄巾の乱)光武帝と和帝。成立から滅亡まで 光武帝の時代後漢の建国漢一族で武帝の弟のしそんである劉秀(りゅうしゅう)が赤眉の乱(せきびのらん)を平定し、25年後漢(こうかん)を成立させた。漢帝国の復活である。光武帝(こうぶてい)は200年の安定の基礎を築いた。戦乱で荒廃した長安ではな... 2023.05.27古代中国文明
古代中国文明【古代中国史】前漢の滅亡と王莽による「新」の建国~宦官・外戚政治の腐敗と理想主義が招いた大崩壊~ 【古代中国史】前漢の滅亡と王莽による「新」の建国~理想主義が招いた大混乱と滅亡の歴史~約200年続いた巨大帝国「前漢」は、農民の反乱や諸侯の争いではなく、ひとりの外戚(皇帝の母方の親族)による**「平和的な乗っ取り(禅譲)」**によって滅亡... 2026.04.08古代中国文明
古代中国文明前漢初期の政治~劉邦から呉楚七国の乱~ 都・長安皇帝となった高祖・劉邦(りゅうほう)は都を長安に定めた。 渭水盆地の農業力 交配の四川盆地の豊かさ 水運の便 防衛に有利などが長安を都に定めた理由です。新都では、未央宮(びおうきゅう/前漢の宮殿)や前殿、闕などの建設が進められます。... 2020.05.23古代中国文明
古代中国文明項羽と劉邦と「漢王朝の成立」 項羽と劉邦秦末動乱の中で、最後まで残ったのは沛県(江蘇省)の農民出身の劉邦と楚の貴族出身の項羽である。劉邦は度量が広く、人材活用が上手なのに対し、項羽は自身の武勇は優れていたが、狭量で激情家で秦郡20万人を生き埋めにするなど残忍なところもあ... 2022.02.17古代中国文明