林業史林業史①~日本の林業のはじまりと公私共利~ 日本の林業のあけぼの朝廷による森林利用・管理制度が初出。「山守部(やまもりべ)」が応神天皇の皇室所有林の保護することがはじまり。森林管理または林産物生産の職制や詳細は不明。法制度も十七条憲法まで制定された頃で、まだ林政の段階ではなかった。律... 2020.05.30林業史
平安時代中期内訌時代と藤原道長・藤原頼通の時代 内訌時代安和の変によって他氏排斥が完了しました。(内部リンク:藤原氏の他氏排斥を参考)藤原氏で上位の官位を独占したあと、身内同士で対立がおこる。内訌というのは内部対立という意味。藤原北家の内部で主導権を巡る争いが起こったわけである。「氏の長... 2024.05.10平安時代中期
奈良時代藤原仲麻呂(恵美押勝)とその乱と道鏡 大仏開眼供養752年、孝謙天皇(こうけんてんのう)の時代に盧遮那仏(るしゃなぶつ)が完成。開眼供養の盛大な儀式は東大寺大仏殿で催された。大仏開眼供養の開眼導師をつとめたのはインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)。仏教音楽を演奏した僧侶は、林邑僧... 2020.07.25奈良時代
飛鳥時代律令国家の税制 民衆の管理戸籍・計帳政府は、全国の人民を戸籍(こせき)・計帳(けいちょう)に登録することによって、律令体制を末端にまで浸透させようとした。参考内部リンク改新の詔を参考戸籍戸籍は,戸を単位として人民一人一人を詳細に登録したもの。6年毎に作られ... 2015.08.16奈良時代飛鳥時代
飛鳥時代持統天皇の時代-飛鳥浄御原令・藤原京遷都・庚寅年籍- 持統天皇じとうてんのうの時代(690年~697年)の話についてまとめていきます。持統天皇の即位とその背景天武天皇てんむてんのうの死後、皇后の鸕野讃良皇女うののさららのひめみこ/おうじょは、称制(即位せず、政務を行うこと)をして、自らの子で皇... 2022.10.03飛鳥時代
飛鳥時代天武天皇の時代 天武天皇の時代(673年~686年)皇親政治大海人皇子(おおあまのみこ)は672年に飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらぐう)に遷都し、天武天皇(てんむてんのう)となる。大臣をおかず、皇后(天智天皇皇女の鸕野皇女(うのー)⇒持統天皇(じとうてんの... 2020.04.10飛鳥時代
飛鳥時代飛鳥文化の寺 飛鳥文化アタックとは、朝鮮半島経由で受容した中国の南北朝時代(六朝文化)の影響を受けた日本最初の仏教文化。渡来人が指導。今回は建築部門だけを見ていく。飛鳥文化の中心地飛鳥文化の中心地は2つあり、斑鳩(いかるが)と飛鳥である。飛鳥の読み方は今... 2022.02.17飛鳥時代
宋の中央集権化靖康の変と北宋の滅亡 靖康(せいこう)元年(1126年)の冬、金は宋のこれまでの嘘や約束違反を責めて、開封を占領。莫大な財貨や芸術品とともに、上皇徽宗や皇帝欽宗、宗室や官僚総勢約3000人が北に拉致された。これを年号をとって靖康の変(せいこうのへん)という。北宋は滅亡した 2019.11.09宋の中央集権化
平安時代初期桓武天皇の政治改革 長岡京遷都長岡京と平安京の確立を参照。平城京遷都長岡京と平安京の確立を参照。健児の制概要792年、健児の制(こんでいー)は農民の負担となっていた従来の軍団制(防人さきもり)を廃止して、郡司の子弟や有力農民からの志願を募る制度。農民の負担の軽... 2020.05.24平安時代平安時代初期
平安時代初期本格的蝦夷(エミシ)征討 東北の混乱伊治砦麻呂の乱光仁天皇の時代である780年に夷俘(朝廷に帰属している蝦夷)の首長であり、伊治郡の大領(かみ/長官=郡司)であった伊治呰麻呂(いじのあざまろ/これはるのあざまろ/これはりのあざまろ)は大反乱を起こし、按察使(あぜち/... 2019.10.25平安時代平安時代初期
平安時代初期桓武天皇と長岡京と平安京の確立 桓武天皇の治世桓武天皇の即位光仁天皇の皇太子には、天武天皇系の親王である井上内親王とその子他戸親王が立ったが、藤原百川の暗躍により、光仁天皇と百済系で位の低い高野新笠(たかののにいがさ)との間に生まれた山部親王(やまべしんのう)が781年に... 2022.10.13平安時代平安時代初期
魏晋南北朝中国での仏教の受容 4世紀初めに西域の亀茲国から仏図澄(ぶっとちょう・ブトチンガ)が洛陽に来て、布教を行い仏寺約900所を建立し、門下生は1万人に及んだ。5世紀初めに父がインド人で亀茲国出身の僧・鳩摩羅什(くまらじゅう・クマーラジーヴァ)が長安に迎えられて、法... 2020.04.10魏晋南北朝
古代中国文明秦の中国統一と政治と秦の滅亡 秦王の政のとき、法家の李斯を起用し、前221年中国を統一。「王」にかえて「皇帝」(煌々たる上帝、光り輝く絶対神)の称号を創始。すなわち秦の始皇帝である。都は引き続き咸陽(かんよう)内政 中央官制では丞相(じょうしょう)(行政)太尉(たいい)... 2020.05.24古代中国文明
古代インド・東南アジア古代カンボジア-港市・扶南・真臘・アンコール朝・チャンパー- 港市の成立起源前後からインドの東南アジアなどへの進出が活発になった。理由はカースト制の排除を目指す仏教布教などがある。インド人の海洋進出者は地中海世界の人間が買ってくれる黄金、香料、樹脂などを求めて、東南アジアへやって来た。こうして東南アジ... 2020.07.25古代インド・東南アジア