日本では現在、聖職者がお金儲けに走って、
大変、ひんしゅくを買っていますね。
聖職者の堕落は今はじめて起こった訳ではありません。
14世紀から15世紀のヨーロッパの暗黒時代にも
同じようなことがありました。
貧すれば鈍する。
聖職者の世俗化
聖職者が世俗化していました。
日本で言えば出家したのに、
家族がまだ居るみたいな感じです。
妻帯や犯罪を犯しても免罪符の発行で、
お金を払えば、罪を犯しても軽減されたり、免除されたりしました。
反教会運動の意義
教会運動は
教会の宗教性を再び作る必要性がありました。
もっとちゃんと宗教しようという形。
精神的権威の維持や復興を図る必要がありました。
教会改革運動で、
新しい修道団などを創設したりしました。
カトリック教会の権威や制度じたいを否定するものではありませんでした。
異端審問と教会改革
教会の堕落とともに
教会を変えようという運動が高まっていきました。
しかし、
- 教皇の権威を否定
- 教会が認めるもの以外での救済
などを行うと、
厳しく弾圧しました。
これを異端審問といい、
魔女狩りのように火あぶりの刑にあいました。
教会改革運動と異端者扱いの人々
ウィクリフ
ウィクリフは14世紀のイギリス・オックスフォード大学の教授。
ウィクリフは死後の遺体を
火あぶりの刑に処せられました。
死してなお、
火あぶりの刑にあうのが
ヨーロッパ流です。
聖遺物崇拝の否定
聖母マリアやキリストが残した
死ぬ前に愛用していた品々を
祈りの対象にしていたのを
否定しました。
化体説の否定
化体説はパンとぶどう酒でキリスト肉と血が復活するという説。
ウィクリフはこれを否定しました。
フス
ウィクリフの説を支持したプラハ大学の教授。
教会批判を行ったため、フスは生きたまま火あぶりの刑にあいました。
サヴァナローラ
15世紀末フィレンツェにおいて宗教改革。
アレクサンデル6世によって破門にあい、
1498年火あぶりの刑にあいました。
メディチ家の思惑もありました。
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