戦国武将聖徳寺の会見(織田信長と斎藤道三の同盟確固に) 前回、斎藤道三(さいとうどうさん)の娘帰蝶(きちょう/濃姫/のうひめ)を織田信長に嫁がせました。その織田信長がうつけ者だという噂の真相を確かめるために、濃尾国境の中立地帯にある尾張富田の聖徳寺(しょうとくじ)で、1553年4月に会見をしまし... 2022.09.22戦国時代戦国武将織田信長
古墳時代5世紀の日本と宋書倭国伝と倭の五王-讃・珍・済・興・武- 5世紀の日中関係『宋書』倭国伝 (そうじょ/わこくでん)宋書そうじょ・倭国伝わこくでんとは、5世紀の日本のことが書かれてある中国の歴史書。宋書を編纂したのは、沈約しんやくです。倭の五王倭の五王とは、讃珍済興武の5人の王のこと。次々と中国へと... 2022.09.25古墳時代
隋・唐時代の繁栄安史の乱~玄宗と楊貴妃一族による政治の末路~ 玄宗の晩年~楊貴妃溺愛と楊一族の優遇~天宝年間になると玄宗は政治に飽き、お気に入りの寵臣ばかり起用し、玄宗の息子の妃の絶世の美女・楊貴妃ようきひ(体重約70kg)を後宮に迎え溺愛し、政務を怠り、楊一族を要職につけた。李林甫の政治この頃、政治... 2014.05.26隋・唐時代の繁栄
隋・唐時代の繁栄2人の女性による唐の混乱(武韋の禍) 則天武后の政治7世紀末則天武后(そくてんぶこう)(武則天ぶそくてん)(位690~705)は,太宗の後宮(こうきゅう/皇妃が住む場所)に入り、655年に高宗の皇后となり、高宗の晩年には代わって政務を行うようになった。高宗の死後、すでに即位させ... 2014.05.23隋・唐時代の繁栄
ローマ世界とキリスト教の成立ローマ社会の変質 中小自作農の没落中小自作農の没落ポエニ戦争勝利後、属州(シチリア)からの安価な穀物の流入や戦争捕虜の奴隷流入などで、穀物価格が暴落し、イタリア本土の中小自作農は没落。無産市民中心自作農は武器を自分で用意する軍役に耐えかねて、富者に農地を売り... 2020.05.26ローマ世界とキリスト教の成立