イスラーム世界シーア派の時代-サーマーン朝・ブワイフ朝・ファーティマ朝- タラス河畔の戦いで唐が中央アジアから撤退したあと、中央アジアのトルコ系遊牧民がイスラーム帝国へと侵入を繰り返した。サーマーン朝建国アッバース朝はイラン系軍人を総督(アミール)として国境においた。しかし、このイラン系軍人が独立してサーマーン朝... 2020.07.25イスラーム世界イスラーム帝国の形成と発展と分裂
宋の中央集権化宋代の文化-士大夫が中心となった「ひきこもり」の繁栄の特徴- 宋代の学問・思想宋学(朱子学)経典の字句解釈ばかりだった漢~唐にかけての訓詁学を否定し、代わりに宇宙論や人間論を展開し、同時に知の実践に重んじた新たな儒教学。北宋の周敦頤(しゅうとんい)は太極図説(たいきょくずせつ)を書き、宇宙論からの、道... 2020.07.26宋の中央集権化
モンゴル民族の発展元の成立と大都の建設-クビライのクーデタ- 元の成立モンケの死によって、後継者を決めなくてはならなくなりました。しかし、モンケの子供たちは20代と若く即位できず、モンケの弟のフレグは遠征中のため即位できませんでした。そのため、後継者はクビライ(フビライ)とアリクブケ(アリクブカ)に絞... 2023.01.14モンゴル民族の発展
古代中国文明漢代の文化:儒教の発展と記録の時代 漢代は、のちの中国文化の背骨となる儒教が国教化され、歴史叙述や科学技術が飛躍的に進歩した時代です。1. 儒教の官学化と「訓詁学」武帝が儒教を国教化したことで、経典の研究が公的な学問となりました。 訓詁学(くんこがく)秦の「焚書坑儒」で失われ... 2026.04.15古代中国文明
古代中国文明前漢の全盛期:武帝の統治(前141年〜前87年) 武帝は、劉邦が建国した漢(前漢)の第7代皇帝です。彼はそれまでの「無為にして治める(何もしない)」方針を捨て、強力な中央集権化と積極的な外征へと舵を切りました。1. 中央集権の確立(内政)武帝は、皇帝の権力を絶対的なものにするために、諸侯の... 2026.04.15古代中国文明