平安時代中期平安時代の国際関係と刀伊の入寇 9世紀から10世紀にかけての東アジアの動乱の結果、日本は積極的な孤立政策をとるようになる。安史の乱などによって荒れ果てた中国には訪れる意味はなく、宋の時代になっても国交は開かれなかった。しかし、民間の貿易は盛んになっていった。 また、女真族が攻めてくるこれを刀伊の入寇という。 2019.12.15平安時代中期
宋の中央集権化宋の外交的敗北~澶淵の盟と慶暦の和約~ 文治主義の結果、宋は対外的な軍事力が下がり、そのため、北方や西方から遊牧民が絶えず、やってきては侵入することに対し、常に守勢となった。つまり、対外的には消極的だったということである。1004年契丹族の遼と澶淵(せんえい)の盟を結ぶ 莫大な歳... 2022.02.17宋の中央集権化