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平安時代初期

本格的蝦夷(エミシ)征討

東北の混乱伊治砦麻呂の乱光仁天皇の時代である780年に夷俘(朝廷に帰属している蝦夷)の首長であり、伊治郡の大領(かみ/長官=郡司)であった伊治呰麻呂(いじのあざまろ/これはるのあざまろ/これはりのあざまろ)は大反乱を起こし、按察使(あぜち/...
隋・唐時代の繁栄

2人の女性による唐の混乱(武韋の禍)

則天武后の政治7世紀末則天武后(そくてんぶこう)(武則天ぶそくてん)(位690~705)は,太宗の後宮(こうきゅう/皇妃が住む場所)に入り、655年に高宗の皇后となり、高宗の晩年には代わって政務を行うようになった。高宗の死後、すでに即位させ...
隋・唐時代の繁栄

隋の中国再統一6世紀末、北周の外戚だった楊堅が実権を握り、581年北周を倒して隋を建国しました。都を、西周・秦・漢の都が置かれた地に新しい都大興城を建設し文帝と称しました。さらに589年、南朝の陳を滅ぼし中国を久々に再統一しました。政治制度...
魏晋南北朝

魏晋南北朝の社会~土地制度編~占田課田法・屯田制など

魏の屯田制漢時代の軍屯漢代の国境周辺で行われていた平時は農民として耕し、戦時は兵士として戦う、兵農一致の制度のことです。これを軍屯といいます。魏の民屯魏の曹操は軍屯とは別に、戦乱のため荒れた土地を国有化し、人民を募集して、耕させて、その収穫...
魏晋南北朝

北朝の北魏~北魏から隋にいたるまで

北魏道武帝(在位388年~409年)前秦が淝水ひすいの戦い(383年)で敗北したことをきっかけに、配下の諸部族が次々と独立しました。このときに鮮卑族の拓跋部たくばつぶ・拓跋珪たくばつ けいは、代王に即位して、ついで魏王となりました。三国時代...
古代中国文明

【古代中国史】前漢の滅亡と王莽による「新」の建国~宦官・外戚政治の腐敗と理想主義が招いた大崩壊~

【古代中国史】前漢の滅亡と王莽による「新」の建国~理想主義が招いた大混乱と滅亡の歴史~約200年続いた巨大帝国「前漢」は、農民の反乱や諸侯の争いではなく、ひとりの外戚(皇帝の母方の親族)による**「平和的な乗っ取り(禅譲)」**によって滅亡...
古代中国文明

前漢の全盛期:武帝の統治(前141年〜前87年)

武帝は、劉邦が建国した漢(前漢)の第7代皇帝です。彼はそれまでの「無為にして治める(何もしない)」方針を捨て、強力な中央集権化と積極的な外征へと舵を切りました。1. 中央集権の確立(内政)武帝は、皇帝の権力を絶対的なものにするために、諸侯の...
古代中国文明

秦の中国統一と政治と秦の滅亡

秦王の政のとき、法家の李斯を起用し、前221年中国を統一。「王」にかえて「皇帝」(煌々たる上帝、光り輝く絶対神)の称号を創始。すなわち秦の始皇帝である。都は引き続き咸陽(かんよう)内政 中央官制では丞相(じょうしょう)(行政)太尉(たいい)...
古代中国文明

古代中国思想史③と文学

名家・・・名(言葉)と実(実体)との間に不一致はあってはいけないとする説公孫竜の白馬は馬にあらず(白馬非馬論)馬と白馬は同じものではないから白馬は馬ではないする詭弁。兵家・・・兵法を論じ、兵法書を書いた。代表孫武・孫臏(そんぴん)・呉起縦横...
古代中国文明

古代中国思想史①儒家・墨家

諸子百家とは戦国時代(中国)に輩出した多数の思想家や諸学派の総称である。中国思想の諸源泉となった。儒家…開祖孔子①孔子家族中心の愛であり、究極の目標である仁と社会全般の規範である礼を説いた。また理想の政治は徳(人格の高さ)によって国を治める...
古代中国文明

古代中国の戦国時代

前403年晋は家臣によって、韓・魏・趙に分裂。前漢の劉向(りゅうきょう)が編纂した戦国策に戦国時代の名は由来する。晋の分裂を春秋時代と戦国時代にわけたのは北宋の司馬光(しば こう)の資治通鑑(しじつうがん)による。戦国時代には周王の権威は地...
古代中国文明

春秋時代

周の東遷前770年、西周第12代幽王のときに北方のチベット系異民族犬戎(けんじゅう)によって都の鎬京(こうけい)が攻め落とされ、洛邑(らくゆう)(洛陽)に遷都した。これを周の東遷と呼び、以降の周を東周(前770~前256)という。春秋時代の...
古代中国文明

周王朝-成立-封建制度と諸侯とは?

周の成立周は陝西省の渭水盆地を拠点とする殷に服属する邑むらの1つであった。前11世紀,殷に酒池肉林で悪名高き紂王ちゅうおうがあらわれ、国政が混乱したため、周の文王が華北平原の豊に進出しました。そして、文王の子、武王が牧野の戦いぼくやのたたか...
古代中国文明

中国文明の誕生

黄河文明前5000から前4000年黄河文明は黄河の中・下流域の肥沃な黄土地帯を利用して、農耕を始め、磨製石器や彩文土器などを用いる新石器文明を形成。中国文明は彩文土器(彩陶)を特色とする前記の彩陶文化の時代(前4000~前3000)と黒陶を...
古代インド・東南アジア

スコータイ王朝の建国から滅亡まで~首都は?場所はタイ?~

タイ系諸族ベトナム北部からビルマ東北部にかけて住んでいる。歴史的背景南詔国とタイ系民族の南下7世紀半ば頃より、南詔国の都・大理周辺で暮らしていたとされるが、その辺りより東南アジアに南下し、バーンと呼ばれる小さな村落を作っていた。その後、バー...
古代インド・東南アジア

古代インドのグプタ朝と仏教による宗教王政

チャンドラグプタ1世による北インドの統一320年ころチャンドラグプタ1世によりガンジス川中流域のパータリプトラに都を置いて北インドを統一し、グプタ朝が起こった。なお、マウリヤ朝のチャンドラグプタとは血縁関係はない。サムドラグプタの時代第2代...
ギリシア世界とヘレニズム世界

ヘレニズム文化

ヘレニズム文化…西方のギリシア文化と東方のオリエント文化が融合した新しい文化ヘレニズム世界の共通語…コイネーと呼ばれるギリシア語哲学ポリス中心主義→個人主義・世界市民主義(コスモポリタニズム)ストア派…ゼノンにより始まる。克己禁欲を説く。ス...
ギリシア世界とヘレニズム世界

エーゲ文明(クレタ文明とミケーネ文明)と暗黒時代

エーゲ文明19世紀まで人々はポリスが現れる以前のギリシアは未開の社会であり、ホメロスの叙事詩は空想だと思われていた。ホメロスの「イリアス」を参考に、ドイツの考古学者・シュリーマンがミケーネ文明(トロイア遺跡)を発見し、エヴァンズがクレタ文明...
古代オリエント世界

メソポタミア文明とは?~その意味や特徴は?遺跡は?文字は?~

メソポタアとはメソポタミアとは北のティグリス川と南のユーフラテス川の間の地域を指します。メソポタミアはギリシア語で、「川と川の間の地」という意味です。メソポタミアでは灌漑、排水施設を整備し、この川の水を利用すれば、豊かな農業生産が可能であし...
先史

人類の進化の段階-猿人・原人・旧人・新人-狩猟・採集時代から農耕時代へ

先史時代とは約400万年前には猿人が誕生しました。その後、約150万年前には原人があらわれて、約20万年前には旧人がでてきました。そして約4万~1万年前にはわれわれと同じ骨格をもつ新人が登場しました。この間を先史時代という。※猿人→原人→旧...
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