PR

ヘレニズム文化

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク
古代インド・東南アジア

クシャーナ朝と仏教の新展開

西北インドではマウリヤ帝国崩壊後、異民族が侵入。まずはじめにやってきたのは前2世紀初めのバクトリア王国のギリシア人。バクトリア王国の本土を失うと、パンジャーブ地方に拠点を移した。前150年ごろ仏教文献「ミリンダパンハ-(ミリンダ王の問い)」...
ギリシア世界とヘレニズム世界

ヘレニズム文化

ヘレニズム文化…西方のギリシア文化と東方のオリエント文化が融合した新しい文化ヘレニズム世界の共通語…コイネーと呼ばれるギリシア語哲学ポリス中心主義→個人主義・世界市民主義(コスモポリタニズム)ストア派…ゼノンにより始まる。克己禁欲を説く。ス...
ギリシア世界とヘレニズム世界

ヘレニズム時代

アレクサンドロス大王の死後、→ディアドコイ(後継者)同士の争いが起きる。前301年イプソスの戦い後、帝国はアンティゴノス朝マケドニアとセレウコス朝シリア、プトレマイオス朝エジプト(ヘレニズム三国)に分裂。シリアのアンティオキアやエジプトのア...
古代オリエント世界

ローマ軍を撃破した最強戦法「パルティアン・ショット」!パルティア王国とヘレニズム諸国の興亡

アレクサンドロス大王の死後、広大なオリエント世界は後継者たちによって分割され、イラン高原からメソポタミアにかけては**「セレウコス朝シリア」が支配しました。しかし、巨大帝国の力はやがて衰え、ギリシア系の「バクトリア」や、遊牧民が建国した「パ...
スポンサーリンク