メグリーフ1世

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奈良時代

仏教文化大好きな聖武天皇の逃亡遷都の日々と「愛しい」政治-

初期の政治大宝律令や長屋王と藤原四子を参考にしてください。藤原四子の死後の政治藤原四子は天然痘でこの世を去ったあと、皇族出身の橘諸兄(たちばなのもろえ)が政権の実権を握り、唐から帰国した吉備真備(きびのまきび)と玄昉(げんぼう)を登用した。...
奈良時代

藤原不比等と藤原四子

藤原不比等中臣鎌足の子の藤原不比等(ふじわらのふひと)は、奈良時代初期に権勢を振るい、元明天皇の時代に平城京遷都を主導したのも彼である。皇族継承を巡って、娘の宮子(みやこ)を文武天皇の夫人に嫁がせ、その間に生まれた皇子(聖武天皇/しょうむて...
飛鳥時代

遣唐使・遣渤海使と新羅

遣唐使唐の建国唐の建国を参照。遣唐使の変遷最初の遣唐使日本からの遣唐使(けんとうし)は、630年(舒明2年)の犬上御田鍬(いぬがみのみたすき)の派遣に始まる。犬上御田鍬は614年の第四次遣隋使でもあった。遣唐使の再開遣唐使は702年(大宝二...
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奈良時代

平城京と地方社会

交通制度駅制駅制(えきせい)は中央と地方を結ぶ交通・通信制度。官道官道(かんどう)とは都と七道の諸国に向けて整備された道。駅家官道の途中の16kmごとに駅家(うまや/えきか)が設置され、役人が公用に利用した。駅家には一定数の駅場が配置されて...
奈良時代

元明天皇と平城京遷都

元明天皇は女帝で平城京遷都時、在位していた天皇。藤原京最後の天皇でもある。(在位707~715)元明天皇の即位天智天皇の娘であり、かつ持統天皇の妹であり、草壁皇子の妻であり、文武天皇の母であった元明天皇(げんめいてんのう)が藤原京で即位。元...
飛鳥時代

律令国家の税制

民衆の管理戸籍・計帳政府は、全国の人民を戸籍(こせき)・計帳(けいちょう)に登録することによって、律令体制を末端にまで浸透させようとした。参考内部リンク改新の詔を参考戸籍戸籍は,戸を単位として人民一人一人を詳細に登録したもの。6年毎に作られ...
飛鳥時代

わが国における律令国家のしくみ~大宝律令の完成~

大宝律令の完成息子が早世した持統天皇(じとうてんのう)は、孫の文武天皇(もんむてんのう)に譲位し、藤原京での即位後、持統太上天皇(ーだいじょうー)と藤原不比等(ふじわらのふひと)主導のもと、刑部親王(くさかべしんのう)を総裁として、新たなな...
飛鳥時代

「白鳳文化」特徴・何時代?天皇は誰?仏像の特徴は?なんの影響を受けた?

7世紀後半から8世紀初頭にかけて、天武天皇・持統天皇のやる気にあふれる政治さながら、文化も初唐文化などの外国の影響を受けた活気ある清新な文化。神道と仏教これらの整備・統制により、朝廷は国家の精神的支柱を確立した神祇制度神祇制度は、じんぎせい...
徳島

阿波商人と江戸時代

阿波国の中心地戦国時代末期の中心地=勝瑞しょうずい三好 長慶みよし(ながよし/ちょうけい)の居城。旧の吉野川に近い場所にあった。三好長慶が京都・堺にも三好家の勢力を伸ばしていたことから川や海で堺とつながっていたことが解る。豊臣秀吉の四国征伐...
飛鳥時代

持統天皇の時代-飛鳥浄御原令・藤原京遷都・庚寅年籍-

持統天皇じとうてんのうの時代(690年~697年)の話についてまとめていきます。持統天皇の即位とその背景天武天皇てんむてんのうの死後、皇后の鸕野讃良皇女うののさららのひめみこ/おうじょは、称制(即位せず、政務を行うこと)をして、自らの子で皇...
飛鳥時代

天武天皇の時代

天武天皇の時代(673年~686年)皇親政治大海人皇子(おおあまのみこ)は672年に飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらぐう)に遷都し、天武天皇(てんむてんのう)となる。大臣をおかず、皇后(天智天皇皇女の鸕野皇女(うのー)⇒持統天皇(じとうてんの...
飛鳥時代

律令時代の阿波国

日本の情勢7世紀末の飛鳥浄御原令(あすかきよみはられい)と701年の大宝律令により律令国家が成立。阿波国の成立粟国と長国「阿波国」には、昔、北の方面を中心とする「粟国」(あわのくに)と、南の方面をさす「長国」(ながのくに)の二カ国からなって...
飛鳥時代

壬申の乱とは?いつ?勝者は誰?場所はどこ?

天智天皇の死後、其の後継を巡っておこった乱。乱の背景669年、それまで仕えていた藤原鎌足が亡くなると、天智天皇の弟である大海人皇子との間に亀裂が生じた。それは天智天皇が今までの慣例を破って皇位を子の大友皇子に譲ろうとしたからである。それを知...
飛鳥時代

天智天皇の時代

天智天皇の即位中大兄皇子は長い間斉明天皇の死後、皇太子のまま政治を行う称制で政務を行っていたが、668年即位して天智天皇(てんじてんのう)となる。新羅の朝鮮統一この年、唐・新羅連合軍は高句麗を滅ぼした。670年から両者は戦争状態に陥る。67...
関東

北条早雲(伊勢新九郎盛時)の伊豆討ち入り

伊勢氏と早雲伊勢氏は室町幕府の政所の執事の家系でした。世が世ならエリート官僚として、伊勢新九郎盛時も活躍していたことでしょう。堀越公方御家騒動堀越公方、足利政知の死1491年4月3日、足利義政の異母弟である足利政知が伊豆(現在の静岡県)で亡...
戦国時代

明応の政変

1493年4月22日、細川政元が足利義稙(よしたね)の代わりに、足利義政の異母弟・足利政知の子、香厳院清晃(きょうごんいんせいこう)を将軍に擁立した。23日、その旨を朝廷に奏上した。擁立の経緯2月15日、足利義稙は畠山政長の要請で、畠山基家...
戦国時代

一揆-一揆の種類(徳政一揆・国一揆・一向一揆・土一揆/山城国一揆/加賀一向一揆)

一揆一揆とは「揆を一にする」ということで、要求貫徹運動の意味。種類徳政一揆借金帳消しを求める一揆。国一揆国人中心で一国規模で起こった一揆。一国規模でないものは国人一揆と呼ぶ。一向一揆一向宗(浄土真宗)の本願寺門徒の農民や土豪の連合体が守護、...
イスラーム世界

ターヒル朝

ターヒル朝の独立ターヒル朝の建国者であるターヒル。その祖父は、マワーリーの出身で、アッバース朝建国に功績があり、カリフ、マームーンのもとで、軍隊の指揮官を務め、のちにホラーサーンの総督にも任命された。しかし、金曜礼拝で、カリフの名前を読み上...
イスラーム世界

後ウマイヤ朝

後ウマイヤ朝の成立アブド・アッラフマーン1世750年のアッバース朝の建国後、第10代ウマイヤ朝カリフ・ヒシャームの孫のアブド・アッラフマーン1世はアッバース朝によるウマイヤ家の王族が殺害されていたが、それを逃れて名前を変えてパレスチナ→エジ...
イスラーム世界

イスラーム帝国の成立と繁栄

"イスラーム帝国"の成立アッバース革命750年、ムハンマドの親戚の子孫であるアブー=アルアッバースがイラン北東部のホラーサーンを拠点に、シーア派の反ウマイヤ運動やマワーリー(アラブ人以外のムスリム)の協力を得て、ウマイヤ朝によるアラブ人支配...
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