イスラーム帝国の形成と発展と分裂

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イスラーム帝国の形成と発展と分裂

アイユーブ朝のサラディンと十字軍との戦い

アイユーブ朝の建国 建国 シリアのザンギー朝(Zangi/1127~1222)からエジプトに派遣されたクルド人の武将・サラディン(Saladin/サラーフ・アッディーン/Salah al-Din/在位1169~93)は、ファーテ...
イスラーム帝国の形成と発展と分裂

テュルク人(トルコ人)の時代~セルジューク朝・カラハン朝・ガズナ朝~

テュルク人の西方移住 テュルク人(トルコ人)はもともと。モンゴル高原に居たが、テュルク系のウイグルがテュルク系のキルギスに倒され西へと敗走。その後、中央アジアで遊牧生活を送っていたテュルク人は,人口増加のためにまた西方へと移住を...
イスラーム帝国の形成と発展と分裂

シーア派の時代

タラス河畔の戦いで唐が中央アジアから撤退したあと、中央アジアのトルコ系遊牧民がイスラーム帝国へと侵入を繰り返した。 サーマーン朝 建国 アッバース朝はイラン系軍人を総督(アミール)として国境においた。しかし、このイラン系軍人が...
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ターヒル朝

ターヒル朝の独立 ターヒル朝の建国者であるターヒル。その祖父は、マワーリーの出身で、アッバース朝建国に功績があり、カリフ、マームーンのもとで、軍隊の指揮官を務め、のちにホラーサーンの総督にも任命された。しかし、金曜礼拝で、カリフ...
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後ウマイヤ朝

後ウマイヤ朝の成立 アブド・アッラフマーン1世 750年のアッバース朝の建国後、第10代ウマイヤ朝カリフ・ヒシャームの孫のアブド・アッラフマーン1世はアッバース朝によるウマイヤ家の王族が殺害されていたが、それを逃れて名前を変えて...
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