龍山文化とは(概要と成立背景)
龍山文化は、紀元前3000年紀の後半(紀元前2600年〜紀元前1900年頃)に中国の新石器時代晩期に栄えた文化です。
- 発見の歴史: 1930年〜1931年、中国の考古学者・呉金鼎らによって、山東省章丘県龍山街道の城子崖遺跡で初めて発見されました。中心地は山東(下流地域)ですが、黄河中・下流域全域から長江流域まで広い影響を及ぼしました。
- 土器の特徴: 漆黒で薄く表面が磨かれた黒陶(特に「卵殻陶」と呼ばれる極薄の土器)が代表的であり、高度な土器製作技術の存在を示しています。
社会構造の変化:集落の大型化と階層化
仰韶文化などの前代に見られた「集団性の強さは解体」し、個別の家族単位への分散と、新たな階層化が進みました。
- 集落の変遷: かつては数棟の住居からなる小集落が中心でしたが、この時代には多数の住居を擁する大型集落へと拡大しました。
- 戦争の頻繁化: 集落間の戦争が頻繁化し、防衛のための城壁(版築城壁)を備えた都市的な集落が急増しました。同時に、広域での文化的な画一性が強化されていきました。
- 陶寺遺跡に見る階層化: 山西省臨汾市襄汾県陶寺遺跡の共同墓地では、700基以上の墓が発掘され、明確な身分差が判明しています。
- 大型墓(1%): 豊かな副葬品を伴う支配者の墓。大型墓の墓主への権力集中を示す。
- 中型墓(10%): 一定の副葬品を持つ階層。
- 小型墓(90%): 貧しい副葬品のみ、あるいは無副葬の墓。
- 対照的に、陳郭村遺跡では小型墓しか発見されないなど、地域間・集落間の格差も拡大しました。
このように、集落内部の階層化が進むとともに、軍事力を背景に大集落が他の小集落を従属させる広域的な統合が始まりました。
初期文明の要素:都市・冶金・文字
龍山文化の段階では、のちの国家成立につながる「都市」「冶金」「文字の出現」という文明の3大要素が顕著になります。
1. 都市と城郭都市の波及
黄河流域から長江流域、四川盆地に至るまで、環濠や城壁を持つ初期的な都市型集落が各地に形成されました。
- 河南省鄭州市西山(初期の城郭)
- 河南省安陽市後岡遺跡
- 湖北省天門市石家河遺跡(長江中流域の大集落)
- 四川省新津県宝墩遺跡(宝墩文化、成都平原の城壁集落)
2. 冶金術(青銅器の芽生え)
金属器の使用が始まり、斉家文化(甘粛省・青海省付近)などでは銅製の工具や装飾品のほか、銅製の鈴が発見されており、青銅器時代への過渡期(金石併用期)に入っていたことを示しています。
3. 文字の萌芽
- 裴李崗遺跡などの前代の刻符の流れを汲みつつ、龍山文化期にはより複雑な記号が現れました。
- 特に1922年(※1992年の発掘成果として知られる)に発見された山東省鄒平県の丁公遺跡では、平底の陶片に11個の符号(丁公陶文)が刻まれており、記号ではなく一定の文章として構成された初期の文字形態(原文字)と考えられています。
まとめ
龍山文化は、従来の平等度の高かった集落社会が崩壊し、階層化・戦争・城郭都市の形成・金属器と文字の発達を通じて、中国最初の王朝(夏・商)へと繋がる「初期国家(文明社会)」へ脱皮する決定的な転換期となった文化です。




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